フレッドは何度か目をしばたいた。
身体を起こすと、追って頭に痛みが走る。額に触れてみたら、包帯が巻かれているのがわかった。
周囲を見回し、ここが医務室であると察した。ベッドはほとんど空だったが、二、三人の生徒がまだ眠っている。そのうちの一人は顔がインクで染めたように青くなっていた。おまけに皮膚がぼこぼこに腫れあがっている。
何を食べたのかは知らないが、なんとも悲惨な姿だ。数日前にフレッドも同じような顔になったことがあった。ジョージと共に作った悪戯グッズを試用してみたときのことだ。あれはまだ他の生徒に渡していないので彼の腫れの原因は別のものだろう。あんな状態でも、マダム・ポンフリーの力があれば一日で快復する。フレッドは経験上、よく知っていた。
肝心のマダム・ポンフリーの姿が見えない。席を外しているようだ。このままここで待っていたらきっと、忙しくなく動く彼女が戻ってくる。小言と共にものすごく不味い魔法薬を飲ませてくれるに違いない。
いっそのこと、彼女が戻ってくる前にさっさと寮に帰ってしまおうか。
フレッドが悩んだのはわずかの間だけだった。ベッドから身を起こし、足を下ろす。だがベッドから出ることは叶わなかった。たった今、医務室に入ってきた人物がフレッドをその場に縫いつけてしまった。
「フレッド! 目を覚ましたんだね!」
目を潤ませて駆け寄ってくるハリーに、フレッドの胸は高鳴りを覚えた。
フレッドのベッドの真横まであっという間に迫って来たハリーに手が伸びそうになる。しかし、ハリーのすぐ後ろをついて歩いてきたジョージのにやけた顔を見て踏みとどまった。
「よぉ、兄弟。随分スッキリした顔してるな。よく眠れたかい?」
「ああ、兄弟、おかげさまで。ところで俺はどのくらい眠ってたんだ?」
「ほんの小一時間程度さ。マダム・ポンフリーがすぐに駆けつけて処置してくれたおかげだな。俺たちは練習が終わったところだよ。俺とハリーはちょっと早めに抜けてきたけど、片づけが終わったらオリバーたちも来るはずだ。オリバーに何を言われるかはまぁ、想像はつくだろ」
ジョージの言葉にフレッドは肩を竦めた。
長期間目を覚まさなかったならともかく、その日の内に正気を取り戻した選手に優しい言葉をかけてくれるなんてことはない。練習に集中していなかった選手への見舞いの品として、熱い説教と追加の訓練メニューを贈ってくれるだろう。
ウッドの情熱にはげんなりするが、ジョージの言う通り、頭の中は幾分かすっきりしていた。どんよりと曇った気分はフレッドの中にはもうない。
フレッドは、すぐ脇で自身を見つめるハリーに微笑んだ。
眩しかったのは太陽でもスニッチでもない。このハリーだ。
フレッドの視線に気づいたハリーが、こてんと首を傾げてくる。そんな仕草でさえ可愛く思えてたまらない。どうして今まで気づかずにいられたのかわからないほどだ。
ハリーのすぐ隣で様子を見ていたジョージが、あー、と気まずそうに声を漏らして頭を掻いた。
「俺は先に寮へ戻ってるよ。マダム・ポンフリーが医務室に来るまでまだ時間があると思う。ハリーはもう少しゆっくりして来いよ」
ジョージはハリーに向かってそう言った後、フレッドに意味ありげなウィンクを残していった。
ハリーには理解できなかったようだが、フレッドにはジョージが気を利かせてくれたことがわかった。
ジョージが医務室を去ったのを見守った後、ハリーに向き直った。話題を見つけるべく視線を彷徨わせているうちに、ハリーの頬に擦り傷ができているのを見つけた。
「これ、どうしたんだ?」
「ああ、これ? 君を医務室に運んだ後の練習で、暴れ球をかすっちゃった」
手の甲で傷を擦りながら、ハリーは誇らしげに笑った。
いつもそうだ。
目的のためなら自分が傷つくことも厭わない。
勝利を掴むためならどんな妨害も物ともせずに進んでしまう。
自分が気づかない内にとんでもない大怪我をしてしまいそうだ。下手に目を離してなんていられない。
フレッドは手を伸ばし、ハリーの頬に触れた。何も言わずにそのまま黙っているフレッドに、ハリーは気づかわしげな表情を浮かべた。
「フレッド? やっぱりまだ調子が悪いんだね。マダム・ポンフリーを呼んでくるよ」
「待って、ハリー。一つだけ教えてくれないか?」
「なぁに?」
「君は、スニッチを取ったのかい?」
フレッドの問いに、ハリーは一瞬、目を見開いた。それからすぐに破顔して右手を差し出した。
「もちろん!」
ハリーの手には、観念したように大人しく鎮座する金のボールがいた。
end.