君のおかげだから - 2/2

WWWは素晴らしかった。二人は、ハリーが考えていたよりもずっと素晴らしいものを作り上げてくれた。モリーの反応は芳しくなかったが、ハリーとロンはもちろん、ハーマイオニーまでもが笑ってしまうほどのものだった。

店に入り、所狭しと詰め込まれた商品に目を奪われている間に、背後から声をかけられた。

「やぁ、ハリー。俺達の店は気に入ってくれたかい?」

右頬を寄せてフレッドが言った。

顔は見えない。だが、悪戯めいた笑みを浮かべているのが雰囲気で分かった。一年も離れていなかったはずなのに、フレッドと話すこの感覚が酷く懐かしいのは何故だろう。

ハリーを包む匂いが、彼らと共に過ごした学校を思い出させた。

「フレッド」

身をよじって顔を見ると、フレッドは眉を吊り上げた。

いつもと同じあの顔に、思わず顔が綻んでしまう。

「どうだい、君の期待には応えられたかな?」

ぐるり、と店内と見渡した。何処もかしこも、フレッドとジョージのセンスで溢れている。商品を手に取る人達もみなが笑顔だった。

視線の先で、ロンがマグル用の手品アイテムを試している。杖から造花を出して無茶苦茶に驚いていた。自分は本当の魔法でもっとすごいことができるのに、本気で驚いているのだから笑ってしまう。

そんな末弟を面白がって、ジョージが次々に手品を披露していた。商品として販売するにあたり、自分でも練習したらしい。プロのような手さばきでアイテムを使いこなしていた。ロンはそれにいちいちびっくりしている。

ハーマイオニーも堪え切れずにくすりと笑っていた。

期待通りどころではない。期待以上だ。

「最高だよ」
「じゃあ、俺達はちゃんと約束を守れた訳だ」

約束、と単語を脳で反芻しているうちに、す、と横からジョージが現れた。
口の端を上げて、にっと笑う。ハリーの横へ視線を動かし、フレッドの姿を捉えると片眉を吊り上げた。

「おっと、お邪魔だったか」
「……そんなことはないさ」

やや落胆したような色が滲んだ声音だった。気のせいだろうか。

フレッドの顔を見てみるが、少し肩を竦めたこと以外は、常と変わらない。ハリーが首を傾げてみても、フレッドは口を開こうとしない。何も言うつもりはないようだ。

仕方なしにジョージに視線を戻し、訊ねようと口を開いた。

約束とはまさか、あのときの約束か。

しかし、疑問を形にすることはできなかった。

「ねぇ、ハリー! 見てよ、これ。マグルの――うわ、君達、何やってるのさ!? どうしちゃったんだよ!」

手品アイテムを持って駆け寄ってきたロンが、あんぐりと口を開ける。

何と言われても、ハリーはフレッドとジョージの二人と会話していただけだ。ロンのように商品を試すどころか、まだまともに商品も見ていない。

ハリーはフレッドとジョージの顔を交互に見たが、揃って口元を歪めていた。

「俺達はただ、お喋りしていただけだぜ」
「そうだな、兄弟。何を驚いてるのやら」
「うん、どうしたのか訊きたいのはこっちだよ、ロン。マグルの道具がそんなに不思議だったのかい」

首を傾げて訊ねると、ロンは「ウワァー……」と小さく声を漏らした。

「そう言えば、君達って前からそんな感じだったよね。どうして今まで気づかなかったんだろう。僕、どうかしてたんだ。これがおかしいってことに今まで全然気づかなかったなんて!」
「さっきから何を言ってるんだよ」
「ロン、駄目よ!」

ロンの様子がいよいよおかしい。マグルの道具のことを話しているのではなさそうだ。

ロンの異常を察してか、ハーマイオニーが慌てた様子で駆けてきた。ロンはそれに気づいていないようで、叫ぶように言葉を続けた。

「ハリー、君、気づかないのかい!? そんなにべったりされてて、どうして平気なのさ!」

瞬間、自分の心臓が止まった、ように感じた。
ハーマイオニーが頭を押さえる姿が視界に映る。ハリーの前後で、そりゃあないぜ、やられちまった、と漏らす声が聞こえたが、意味を理解できない。

「――え、べった、え?」

辛うじて声を絞り出し、まず目の前のジョージを見た。

ジョージがいるのはまさしく目と鼻の先だ。彼の息がかかるほどに近い。そしてフレッドは――ハリーを後ろから抱き締めていた。

ハリーの肩に顎を載せ、腰に腕を回して、これ以上ないほどに密着していた。

「――――っ!」

声にならない叫びを上げて、WWWを飛び出した。

いつからあんな体勢になっていた。

ジョージが声をかけてきたときには彼はすぐ目の前にいたし、入店と同時に声をかけてきたフレッドもすぐ後ろいた。

そうだ、フレッドの温もりと匂いに懐かしさを感じていたではないか。

「いや、匂いって何だよ、僕!」

冷静になってみるとおかしい。全てがおかしい。

フレッドとジョージがあの距離でいるのはいつものことだった。フレッドは後ろから、ジョージは前から、と、彼らがハリーに話しかけるときは大抵その位置で、そしていつもすぐ近いところから話しかけきた。

いつからそんな風に話しかけてくるようになったのか、思い出すことができない。昔はもっと離れて話していたはずなのに、それなのに、どうしてあんな距離で、それも平然と話すことができたのだろうか。

気づかないうちに、彼らとの距離が縮まっていた。

一体いつから。

思考しているはずなのに答えが出ない。

再び叫びだしたくなる衝動を抑え込み、頭を抱えてしゃがみ込んだ。くしゃり、と両肘が軽いものに当たる感触がする。ポケットに何か入っているらしい。何かを入れた記憶はなかったが、中に手を突っ込んでみた。紙が入っている。

小さなメッセージカードだった。差出人の名はなかったが、筆跡に覚えがある。

右がフレッドで、左がジョージのものだろう。

物理的に近くにはいたが、彼らにこれを入れられた瞬間には気づかなかった。いつの間に入れたのだ。

開いてみて、くすりと笑ってしまう。書かれていた内容はほとんど同じだった。

『俺達の店は気に入ってくれたかい?
あの店を素晴らしいと思ってくれたなら、それは君のおかげだよ』

君のおかげ、などと書かれているが、そんなことはない。
あれだけのものを作り上げることができたのは、間違いなく彼らの力によるものだ。

ハリーがあの場で賞金を渡さなかったとしても、彼らはいつか、独力で成し得ていただろう。

カードを閉じ、再び宛名を確認した。

内容は同じだったのに、宛名だけが違う。

片方には『俺達のハリーへ』と書かれていたが、もう片方には『愛するハリーへ』と書かれていた。

あの店は彼らの力あってこそのものだ。決して、ハリーだけの力によるものではない。

だが、彼らのおかげで、彼らの温度が感じられない場所を、寒いと思うようになってしまった。

全て終わったら、彼らに責任を取ってもらわなければならない。

いつかの約束は、ハリーの胸の中で、じわじわと熱量を増やしていった。

end.

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