君のおかげだから - 1/2

暗黒の時代が再来した。

第一次魔法戦争が起きたのは物心ついて間もない頃だったため、詳しいことは覚えていない。ただ、誰もが重苦しいものを背負っていたことは覚えている。それが嫌で、とにかくあの暗いものをぶち壊してやりたかった。それを自覚したのはもっと後になってからのことだが、世界中を笑わせてやりたいと思ったきっかけは、これだった。

同時に生まれた相棒も、同じことを考えていた。そして、二人で同じ夢を抱き、二人でそれを叶えた。叶えるためにあらゆる努力をしてきた。その足掛かりとなる店を構えることができたのは努力の成果だと自負しているが、一人の少年の力が大きかったのは事実だ。

世界の情勢を反映したように重く沈むこの雲を晴らすのも、きっとあの少年なのだろう。

発注書から顔を上げ、太陽を忘れた窓の外を見た。一羽のふくろうが飛来してくる。まだら模様のある、茶色のふくろうだ。

ふくろうは音もなく窓辺に寄り、ガラスを突いた。開けてやると、一通の手紙を落として再び雲の彼方へ消えていく。

「おはよう、フレッド。また発注がきたのか?」
「いいや、どうやら発注書じゃないみたいだぜ」

二人分のコーヒーを持ってきたジョージに、たった今届いたばかりの手紙を見せ、ひらりと振った。

このご時世、気軽に手紙を送って来る人間は少ない。
二人の元に来る手紙と言えば、商品の注文書くらいだ。その注文書も自分たちのアパートに直接届くことはない。ジョージの予想も無理のないものだ。

だが、差出人は発注者では有り得ない。封筒に書かれていたのは、二人の愛すべき母親の名前だった。

封を破って中から出てきた手紙は、彼らの母親にしては珍しく、とても簡素にまとめられていた。

『息子が家に来ました。
もうすぐ、お前たちも会えるはずです。
あの子にはお前たちの部屋を使ってもらいます』

息子、とは誰のことだ。
母の息子は六人もいる。そのうち二人はここにいるのだが、それでもまだ候補は四人も残っていた。

フレッドは首を傾げたが、ジョージは既に答えを見つけたらしく、興奮気味に肩を叩いてきた。

「おい、兄弟! 寝ぼけてるのか? チャーリーやビルが帰って来るんだとしたら、お袋がわざわざこんな手紙を寄越すか?」

パーシーだったらもっと大興奮の手紙を寄越すはずさ。
勿体ぶるように言うジョージに、フレッドの機嫌は急勾配に下がっていった。
昨夜遅くまで起きて作業していたのが悪かったらしい。睡眠不足がフレッドから思考力を奪ったようだ。

「ビル、チャーリー、パーシー以外の息子って言ったら、あとはロンくらいのもんじゃないか。あいつには自分の部屋があるんだから、俺たちの部屋なんか必要ないだろ」
「そもそもあいつは家を出てはいないんだから、来るも何もない。まだいるだろ、お袋が息子として扱っているのが、もう一人。居場所がバレたら特別に不味いのがさ」

やっと、言わんとしていたことが分かった。
母親が息子と呼び、厳重な警備の下で守られている存在。
気づいてしまえば答えは簡単に出てくる。そのような人物はたった一人しかいない。

「ハリーか、ハリーが俺達の部屋にいるのか!」
「やっと起きたらしいな。おはよう、フレッド」

にやけた顔でコーヒーを手渡された。
傾けて飲むと、目が冴えるような苦味が脳に刺さった。

自身のカップからコーヒーを飲むジョージを睨む。ジョージは片眉を上げてフレッドの視線を受け流した。覗き込んだカップの中に入っていたのはカフェオレだった。普段はブラックで飲む癖に、自分だけ苦味を緩和させているところを見ると、このきついコーヒーは夜遅くまで仕事をしていたフレッドへの忠告なのだろう。

睡眠不足は仕事の質と頭の回転を落とす。

ジョージからの有り難いメッセージをもう一口だけ飲み下し、今日から早く寝ることを決意して、手紙に視線を戻した。

自分達が長年暮らしていた部屋に、今、ハリーがいる。

「会いたいな」

窓の外を眺めながら、ぼそりと呟く。

「会いに行こうぜ。店はベリティに任せても問題ないさ」

かすかな独り言を拾ったジョージが、明るく応えた。しかし、フレッドはかぶりを振る。

「いいや、店で待とう。すぐにハリーからここに来るよ」

手紙には、もうすぐ会える、と書かれていた。母がいつものメンバーと共に、ハリーをここへ連れて来るはずだ。

フレッドの言葉に、ジョージはそうだな、と言って笑った。

ホグワーツに通う必要がなくなった自分たちはもう、今までのようにハリーには会えない。

自主退学するまでは、会おうと思えばすぐに会えた。同じ寮生であったこともあり、彼との時間を作るのは容易かった。彼を「隠れ穴」へ連れ込んで過ごしたときもあったし、グリモールド・プレイスで一緒に生活したこともあった。彼が血縁者の元へ帰り、離れている期間があっても、それ以上の時を彼と過ごすことができた。

手を伸ばせばすぐに触れられる距離にいたはずなのに、今はもう、とても遠い。

小さく嘆息すると、隣のジョージが応えるように呟いた。

「ハリーが来ると分かっていたら、部屋を空にはしなかったのに」

窓の外――遥か遠く、「隠れ穴」のある方角を見詰めて、フレッドは頷く。

「だな。ハリーのことを知っていたら大量の忘れ物をしたのにな」

ハリーのおかげで、自分達は店を構えることができたのだ。彼がいなくては、この歳では成し得なかっただろう。

そして、学生生活も、あれほど楽しいものにはならなかった。

今後とも、四六時中ハリーと共に活動するであろう弟のロンを、少なからず羨ましく思っていた。

自分たちは彼とクィディッチをすることもできないが、ロンは違う。ロンはまだ、ハリーと共に動くことができるのだ。

羨んではいたが、後悔はしていない。
自主退学したことも、店を開いたことも何も、後悔していなかった。

こんな世の中だからこそ、笑えるものを作っていく。
それがハリーとの一つ目の約束だ。

「なあ、ジョージ。お前なら何を忘れて行った?」
「もっちろん、俺達のおすすめ商品をごっそりと」
「俺もだ。だけどもう一つある」
「へぇ、気が合うな、俺もだよ」
「何だよ、言えよ」
「フレッドもな」
「いいぜ」

二人で同時に息を吸い、二人で同時に言い合った。

「ハリーへのラブレターだ」

互いににやりと笑った。
これだけは、彼に渡してやりたい。

既にハリーは「隠れ穴」に着いている。
誰に奪われるとも分からないふくろう便には託したくない。直接渡してやろう。
もし、チャンスがあるとしたならば、ハリーがWWWへ来たときだけだ。

何て書いてやろうか。

ハリーの姿を目に浮かべる。
胸の弾むこの感覚は酷く久しぶりで、とても心地良いものだった。