俺が先だった - 1/2

ハリーに「好きだ」と言った。彼に好意を伝えたのはフレッドが先だった。

それまでも似たような言葉は何度も彼に言っていた。冗談交じりに言っていた台詞が災いしてか、はじめはまともに取り合おうとしてくれなかった。駄目押しに「俺の恋人にならない?」と訊ねたところでやっと信じてくれた。

信じてくれたのは良かったのだが、返事は芳しくなかった。

フレッドのことはそういう風に見たことがない。

つれない言葉ではあったが、そう言う彼の頬は赤く、諦めるのは早いと雄弁に語ってくれた。

返事は今じゃなくていい、と回答を先延ばしにした。

そういう風に見たことがないのなら、これからそういう風に見てくれたらいい。

それからは本腰を入れて彼を口説くようにしている。

自身の気持ちをハリーに伝えると決めたとき、少しだけ気になったのはジョージのことだった。

今までの経験上、ジョージと自分の考えていることが違ったことは少ない。ジョージもまた、ハリーのことを憎からず想っている。それは確かだ。だが、その想いの種類が何であるかまでは分からなかった。

だから、ハリーよりも先に、ジョージに伝えた。

ハリーに好きだって言うつもりだ、と。

人生で最高の相棒が最大の恋敵になるかもしれない。そんな不安を抱えての告白だったが、ジョージの返答は、想像していたよりもずっとあっさりしたものだった。

「いいんじゃない? 応援してるぜ」

ライバルは多いんだから頑張れよ、と激励まで送られた。

ジョージの言葉通り、ライバルは多い。現に、フレッドが本格的に交際を申し込んだと知った者達が、こぞってハリーに愛を告げ始めているらしい。そんな連中に負けるつもりは全くなかったが、その中にジョージが名を連ねていないのは拍子抜けだった。

腑に落ちない。

納得はいかないが、その他の連中の妨害こそすれ、フレッドの邪魔を一切してこないジョージの姿を見ていると、無理にでも納得するしかなかった。

ハリーを見つけたら一人で声をかけに行く。それまでは二人で一緒に行っていたのに、フレッドに気を遣ってか、近頃のジョージは見送るばかりだ。

グリフィンドール寮の談話室に入ると、暖炉の前でソファに座るハリーのくしゃくしゃ頭が真っ先に目に入った。横目でジョージを見やると、行けよ、と目だけで語り、さっさと離れて行ってしまう。そして、談話室の隅に集まる一年生の元へ行き、WWW製品を広げた。フレッドは小さく息を吐いて、ハリーの背後に忍び寄る。

「やぁハリー、何をしているんだい」

声をかけ、頭の上に手を載せた。癖だらけの髪を掻きまわしてやる。

犯人がフレッドであることに気づいたら、文句を言いながら手をどけるだろうと予想していた。だが、思っていたより反応が鈍い。ハリーは首を少しだけ捻って、フレッド、と名を呼んで振り返った。

表情の暗い彼の手元には、彼とダンブルドアを酷評する日刊予言者新聞が握られている。

何を言おう。
写真の中のそれよりも沈鬱な面持ちの彼に、何を言えばいい。

「ハリー、」

迷いつつも口を開いたが、言葉を続けることはできなかった。

「あれ? ジョージは?」

先ほどまでの重さを消して、ハリーは周囲を見渡した。
背の低い一年生の集団の中ではジョージの体躯は抜きんでている。ハリーの目にもすぐに留まったようだ。首の動きが止まる。こちらの様子に気付いたらしいジョージは、軽く手を挙げただけでこちらへの挨拶を済ませて、商品の説明に戻ってしまった。

「最近、二人とも忙しそうだよね」

二人とも、と言っているのに、視線はジョージに固定されている。

鷹揚に目を瞑り、喉奥に込み上げたものを飲み込んでから、「ハリーには足元にも及ばないさ」と応えた。

今までは二人で一緒にハリーに話しかけていた。だから気づかなかった。離れてしまったせいで、ハリーの視線の行く先が顕著になってしまった。

ハリーに好意を告げたのは、もうずっと前だ。今もまだ、返事を聞いていない。

ジョージがハリーに何を想っているのかは分からない。だが、ハリーがジョージに何を想っているのかは、目に見えるようだった。

「それで、フレッドは何の用なの?」

自身の頭に載っていた手を掴んで下ろし、訝かしむような目でフレッドを見上げてくる。

君に愛を囁きに来たんだよ。

そんな軽口を叩く気にもなれず、肩を竦めるだけに留めた。

フレッドの反応はハリーの気に召さなかったらしく、稲妻型の傷痕の下にある眉が露骨に歪んだ。

軽く掴んでいただけのハリーの手に力がこもる。苛立ちを滲ませた目でフレッドを睨みながら、ハリーが口を開いた。

「フレッド、ふざけてるの?」

目に苛立ちが滲んでいる。

緑の双眸の力強さに、わずかに身が怯んだ。その隙を突かれ、ハリーに身体を引き寄せられた。

顔が近い。
胸がときめきを覚えるより先に――脇腹に激痛が走った。ハリーの空いた手が、フレッドの右の腹を押していた。

叫び声を力の限り抑え、ソファの背を強く握って悶絶するに留める。痛みに耐えながらも横目で周囲を確認するが、フレッドの様子に気付いたのは眼前にいるハリーだけのようだ。そのハリーは目のみならず、顔全体に苛立ちを広げている。

「この前の訓練で、ジニーの呪いを受けたときに打ったんでしょ。知られたくなさそうだったし、自分で治すんだったら黙っているつもりだったけど、まさかここまで放っていたなんて。ふざけるにもほどがあるよ。何だったら、この脇腹に直接[[rb:切り裂き呪文 > ディフィンド]]をかけてあげようか」
「……っつ、それは勘弁してくれ」

ぐりぐりと脇腹を押してくる。痣の位置を正確に知っているかのような、容赦のない動きだ。

ハリーの言う通り、前回はジニーの呪文を受けた。妹の呪文が成功したのはよかったのだが、受け身に失敗した。打ちどころが悪かったようで、結果として脇に大きな痣をつくってしまった。当初は少々痛む程度だったのが、日を追うごとに痛みが増している。

常であれば怪我をしても頃合いを見計らって医務室に行くのだが、今回はタイミングを逃し続けたせいで酷い状態になっていた。

ハリーは溜息を吐いて脇腹を押していた手を止めた。そして、フレッドの身体を更に引き込み、ソファに座らせる。先ほどとは違い、こちらを気遣うような優しい動きだった。

「何やってるのさ、フレッドともあろう者が。ジョージはこのことを知ってるの?」

またジョージ。

ずきり、と痛む胸を無視し、いや、とだけ答えた。
フレッドの短い返答を聞いたハリーは、そうだと思った、と小さく呟いて立ち上がる。

「じゃあ行こう」
「行くって、何処に?」
「決まってるでしょ、医務室だよ。ジョージのことも気になるけど、こっちが先だね」

本日何度目か分からない溜息と共に、ハリーが言った。

今、何と言った。

「医務室に行くって? 俺とハリーで、二人で?」
「そうだよ。理由は知らないけど、ジョージにも知られたくないんでしょ。だったら僕と二人で行くしかないよ。言っておくけど、そんなに悪化させてから行くんだから、マダム・ポンフリーのきっついお説教は覚悟してね」
「あぁ、分かっているさ」

それは分かっている。
マダム・ポンフリーのことはフレッドもよく知っている。ただ、ハリーがジョージよりも自分を優先してくれたその事実が、フレッドの胸を温めた。

今の自分が笑えないくらいに情けない顔になっている自覚はある。例え、この後にマダム・ポンフリーから説教をもらった後にアンブリッジから罰則を食らうことになったとしてもお釣りが出るほどだ。

談話室を出る直前、ジョージと目が合った。商品を紹介するときと同じ笑みを維持しながらもわずかに強張った瞳の奥に、奇妙な熱がこもっているのが見えた。

あの熱の意味は何だったのか。
ジョージは、一体何を想っているのか。

思考を巡らせていたが、太った貴婦人の絵画を抜けたところで、ハリーが口を開いたところで停止した。

「ねぇ、フレッド。あの返事、まだ待っていてくれる?」

前を向いたままのハリーの表情は見えない。だが、後ろから見えるハリーの両耳は赤く染まっていた。

「いつまでも待つさ」

まだ、諦める必要はないらしい。
胸の内に灯った淡い希望に、フレッドは頬を緩めた。