金のスニッチよりも輝いて - 1/3

 何だか最近は調子が悪い。

 目的の人物を捜索するためにうろつく吸魂鬼のせいで、校内は落ち着きを失くしている。この影響を最も強く受けたのはグリフィンドールの名シーカーであるハリーだ。ルーピンの下で吸魂鬼対策の呪文の習得に励んでいるが、まだ上手くいかないらしい。今日の練習も遅刻していた。

 この点で言えば、フレッドには影響がない。

 本日もいつもと変わらず、方々にちょっかいを出して──マルフォイのローブにクソ爆弾を忍ばせて──からクィディッチの練習に来た。

 授業は真面目に受けているとは言い難いが、オリジナルの悪戯グッズを作るのに使えそうな呪文は前のめりで習得している。吸魂鬼やら何やらがうろついているからといってフレッドの日常生活に変化はなかった。

 しかしいつもと違う、妙なむずがゆさがある。

 つい先ほどもミセス・ノリスですら追いつけないほどの逃走を実行した。だがいざクィディッチの練習が始まると途端に反応が鈍くなる。

 常であれば暴れ球に先回りして飛んで打ち返すのに、この頃は反応が遅れてしまうことが増えてきた。

 狙われた選手がどうにかかわそうとするところを助けに行くが、フレッドが駆けつけたときにはジョージがすでに処理してしまっているようなことが続いた。

 暴れ球を探していないわけではない。不調を自覚しているからこそ、集中して空を見渡している。それなのに、どうしてか暴れ球の接近に気づけない。

 暴れ球に何かの呪いでもかかっているのではと思ったほどだ。疑ってジョージの動きも確認してみるが、相棒の反応速度に変化はない。

 問題があるのは暴れ球ではなく、フレッド自身のようだった。

 肝心の問題の原因がわからない。

 ビーターとして不調なフレッドを、鬼のウッドは見逃してくれなかった。

 憎きスリザリン戦を控えたウッドはフレッド──とついでにジョージ──を練習から外して地上に呼び出した。使っていた暴れ球はジョージが素早く回収し、すでにケースに収めている。元気のあり余った暴れ球を二つも飲み込んだ木製のクィディッチボールケースは、ウッドの隣に鎮座していた。時折、がたがたと軋む音が聞こえる。

 練習場の芝生の青さがやけに爽やかで憎たらしい。ぐり、と爪先で踏みつけてみたが、丈夫な草は何事もなかったように元の形に戻った。

 強い眼差しでフレッドの様子を見据えていたウッドは、鷹揚に腕を組んで低く息を吐いた。

 クィディッチに情熱を注いだ、燃え滾る眼を正面から受け止めるのは少しきつい。

 フレッドがまともな働きをできていた頃なら、正面から受け止めるどころか軽口を返すこともできた。

 自分が不調であることはわかるのに、原因だけがわからずにいるせいでそんな簡単なことすらできなくなっている。

 ちらりと斜め後方のジョージを見ると、口笛でも吹き出しそうな顔をしていた。フレッドの視線に気づいたジョージは片眉を吊り上げてくる。ジョージには堪えた様子が何もない。

 それはそうか。不調なのはフレッドだけであって、ジョージは好調なのだから。

 フレッドの現状を面白がっているようでもないところがせめてもの救いだった。

 余裕のありそうな相棒の姿は悔しくもあり、羨ましくもある。

「フレッド」

 唸るように名を呼んだウッドの声に、フレッドの意識が再び正面に戻った。

「君もよく分かっていると思うが、ここのところ、君はクィディッチへの集中が十分でないようだ」

 フレッドは後頭部をがりがりと掻いて返す言葉を探してみたが、何も見つけられなかった。ウッドはフレッドの言葉を待つつもりもないようで、厳しい口調で続けた。

「ビーターは直接得点にかかわらない。だが、僕たちがスムーズに得点を重ねるには優秀なビーターの力が必要だ。僕たちに襲いくる暴れ球を退いて、さらには敵陣に打ち返してくれるような、そんなビーターの力がね。君は今まで、天性のセンスと反射速度で僕たちを守ってきた。だが今の君は優秀なビーターとは言えない。ジョージはいつもと同じようだが……」ウッドはちらりとジョージを見てからフレッドに視線を戻した。

「君たち双子は、連携の正確さからビーターとしての才能を発揮していた。いいか、次の試合までにいつも通り──いや、いつも以上のプレイができるように仕上げるぞ。何としてもスリザリンには絶対に勝つんだ」

 ウッドの語気がどんどんと荒くなってきた。

 彼の容赦ないしごきを受けることになるだろう近い未来を想像すると、溜息を吐きたくなってくる。すんでのところで耐えたが、先と変わらない様子で平然とウッドを見ているジョージが恨めしくなってきた。ジョージのプレイに問題はないので、こちらはいつもと同じ練習メニューをこなすことになるのだろう。

 ──いや、待て。ジョージがいつもと同じメニューをするだけなら、どうして一緒に地上に戻されたのだ。

 フレッドとジョージは双子であり、セットで認識されることが多い。ウッドは、二人はセットだからといった理由で、優秀なビーターの一人であるジョージの練習を中断させるような人ではない。

 フレッドが疑問に行き着くと同時に、ウッドが声を上げた。

「そこで、君たちにはより正確な連携を身に着けてもらうために、これからドップルビーター防衛の訓練をしてもらう」

「ドップルビーター防衛?」

 予想外の言葉に、フレッドとジョージは声を揃えて訊ねた。

 存在は知っているし、実際にやったこともあるが敢えて練習したことはない。練習するまでもなく実践できる技だったからだ。

「君たちはこれまで、この練習が必要ないくらい息が合った防衛をしてくれていた。だが今は連携ができていない。だからこそ、今、この訓練を重ねて防衛の精度を上げるんだ。──さぁ、位置に着け! 始めるぞ!」

 無茶苦茶だ。

 ここで反論しても熱血のウッドには通用しない。

「なぁ相棒、ちゃんとできるのか?」

 ジョージがニヤリと笑って問うてきた。

 自身は巻き込まれたと言っても過言でないのに、本人には気にした風もない。

「できるさ。失敗したこともないだろ」

 平然を装って返した。内心不安であることは、声音からはわからないはずだ。ジョージ相手に上手く誤魔化せる気はしないが。

「今まではね。けど、今日はどうかな」

 む、と口を尖らせるとジョージは笑みを返してきた。

「フレッド、自分がどうして上手くできなくなってるのか、まだ気づいてないんだろ」

 ジョージの言葉にフレッドは目を見開いた。

「そんなんじゃあ、いつまで経っても上手くいかないぜ」

「……まさかとは思うが、ジョージは知ってるのか?」

 どうかな、とジョージの口が動いたが、音声は拾えなかった。ジョージは一人でさっさと箒にまたがり、飛び上がってしまった。フレッドは再び後頭部を軽く掻き、小さく溜息をこぼしてからジョージの後に続いた。

 ドップルビーター防衛とは、ビーターの技の一つだ。二人のビーターが一つの暴れ球を同時に打つことにより、返球の威力を上げることができる。

 ビーター専門の技のため、他の選手と一緒になって練習することはない。そもそも、フレッドとジョージが意図的に練習したこともなかった。今までは、できる、と思ったときに打てば、ジョージもまた同じタイミングで打ってくれた。

 今でもやろうと思ったらできる、とは思うが自信はない。

 今の自分が不調であることをフレッドは自覚している。練習しろ、と言うウッドに反論するだけの理由を、フレッドは持ち合わせていなかった。

 他の選手たちを巻き込まないように、離れたところに移動した。パスの練習をしているチェイサーたちに暴れ球が向かっていってしまわないよう、位置取りは慎重に行う。

 暴れ球の準備をしているウッドを見下ろして滞空していると、フレッドたちの目の前を、金色の光が駆け抜けていった。

 スニッチだ。

 気づくと同時に、後ろから声がかけられる。

「危ないよ!」

 声に振り向いたときにはすでに、彼の姿はそこにはなかった。フレッドの頬に強い風を当て、雷のような激しさをもって去っていく。

 惹かれるように目で追うと、彼は小さなスニッチを手に掴んでいた。

 さすがはグリフィンドールの名シーカー──ハリー・ポッターだ。見惚れるほどの鮮やかさだ。

 フレッドは知らず、感嘆の息を漏らしていた。

 ハリーの目には、先ほど間を擦り抜けたビーターたちの姿は映っていない。箒三本分の距離しか空いていないのに、こちらを見る気配もなかった。

 ハリーはただ一点──自分の握りしめた拳だけを見詰めている。正確には、拳の中に収めたものに意識を集中していた。

 人差し指から中指へ、続いて薬指に小指と、一本ずつ、ゆっくりと指を開いていく。グローブの中から、金の小さなボールが顔を出した。

 険しく手のひらを見ていたハリーの顔が雪解けの後に芽吹く草花のように綻んでいる。

 ハリーの手の中で丸まっていたスニッチは薄い羽根を伸ばし、ふるりと震えて宙に舞い上がった。自身を捕えたシーカーを挑発するように顔の周りを飛び回る。

 スニッチはハリーが手を伸ばしたのを皮切りに、本格的な逃走を始めた。ハリーは再びスニッチを捕えようと前傾姿勢で箒を加速させる。

 ハリーが飛び去る一瞬に、不敵に笑む顔が見えたような気がした。フレッドが目を細めると、

「フレッド!」

 焦燥に駆られたジョージの声が耳に届いた。その次にフレッドが認識したのは自身に真っ直ぐに向かってくる暴れ球だったが、直後、フレッドの意識は途切れた。