四六時中一緒にいると思われがちな双子だが、個人で行動することもある。その回数が少ないせいで、常に一緒にいると思われてしまうだけだ。意識して共にいることもなければ意識して離れることもない。だがここ数日のジョージは意図的にフレッドから離れていた。フレッドの想い人に気づいた日から、二人の邪魔をしないように心がけている。
フレッドは、ハリーが好き。
本人に自覚があるかどうかはわからないが――たぶんまだ自覚していない。フレッドは鈍くもないので、気づくのは時間の問題だ――ハリーを見る目を見れば明らかだ。ほのかな熱の灯った目でハリーを見つめている。
ジョージはきっと、フレッドの可愛い恋を応援するべきなのだろう。頭ではわかっているのに上手くできない。曖昧な笑みで二人を見守ることしかできなかった。
フレッドよりもやや自分の心に聡いジョージは、すでに自身の想いの在り処を知っていた。早く気づけた分、想いにも早く整理をつけることができたらよかったのに。
ハリーは知らない。フレッドがハリーに恋していることも――ジョージもまたハリーに恋焦がれていることも。
フレッドはいつかハリーに打ち明けるだろう。フレッドとハリーの二人がジョージの想いを知らずにいてくれさえしたら、ジョージは素知らぬふりをして笑うことができる。いまはまだ、ハリーの想いが誰にあるのかはわからない。もしもフレッドや他の人のものになったとしても、ジョージは自分の想いを黙っていればいい。それだけのことだ。それでいいはずなのだ。そうしたらジョージはフレッドと争うことがなければ、ハリーを困らせることもない。
ジョージは溜め息を吐いて中庭のベンチに腰掛けた。
全ての授業が終わるとすぐにハリーを探しに行った。ジョージはそんなフレッドから離れ、一人で中庭に来ていた。目の前では自由時間を得た生徒たちがここぞとばかりに遊び回っている。
少し前は自分もあの中に混ざって、フレッドやリー・ジョーダンと共に悪戯をして遊んでいた。今はそんな気分になれない。
一人きりのジョージの足元に柔らかなものが当たった。
視線を落としてみる。猫だ。全身を真っ黒な毛が覆っている。人間の視線に気づいた猫はジョージを見上げてきた。大きくて丸い、緑色の目だった。
瞳孔は猫特有の縦に伸びた形をしているのに、透んだ緑の色彩が既視感を与えてくる。右目の上に残る、縦に通った傷痕のせいかもしれない。ジョージがつい見てしまう、稲妻型の傷痕を持った少年を思い出させた。
猫はしばらくジョージを見上げた後、何を思ったかその場に腰を落とした。右のふくらはぎに猫の体温を感じる。ぬくい。
付近に飼い主らしき人の姿は見えない。猫の気ままに任せているのか、猫が脱走しているかのどちらかだろう。ジョージは猫にそっと手を伸ばした。喉元をくすぐってみる。猫は逃げる素振りも見せず大人しくジョージの手を受け入れた。
ハリーもこの猫のように、ジョージが手を伸ばしたらそのまま受け入れてくれたらいいのに。
フレッドが想いを告げたらハリーは何と言うのだろう。戸惑いながらも受け入れるのだろうか。では、ジョージも想いを打ち明けてしまったらハリーはどうするのだろう。
「君は、俺を――俺たちのことを、どう想っているんだい?」
稲妻型の傷痕を持つ少年を猫に見ながら、ジョージは問いかけた。猫は返事をすることなく、真っ直ぐにジョージを見上げている。
本物の彼には触れることすらできそうにない。意識する前はハグだって簡単にできたのに、今はできなくなってしまった。代わりにとばかりに猫を撫でた。猫は目を細めている。唸り声も鳴き声も上げずに、静かに撫でられていた。満足しているように見えるが、本当のところはわからない。甘えた声でも上げてくれたらはっきりするのだが。
「ねぇハリー、にゃん♡ て鳴いてみてよ」
ふと思う。
ハリーが甘えるように鳴いたらどれほど可愛いだろう。想像してみるが中々悪くない。
いや、今、目の前にいるのは猫だ。自分は猫相手に一体何を言っているのか。
ジョージは己の言動に自嘲した。
「なーんて──」
冗談に昇華するための言葉を言い切る前に、
「にゃあ」
と、声がした。眼前の黒猫からではない。後ろからだ。
反射的に振り返ると、すぐ真後ろにハリーが立っていた。悪戯気な笑みを湛えたハリーが、ジョージの真下にいる猫と同じ、緑の双眸でこちらを見据えている。
は、と音にもならない息がジョージの口から漏れた。どうして、と単語を一つだけ絞り出すと、ハリーは不服そうに口を尖らせた。
「ジョージが鳴いてみてって言ったんだよ」
ジョージが次の言葉を紡ぐ前に、足元の黒猫が「ナァ」と鳴いた。先ほどまではうんともすんとも言わなかったのに、存在を主張するような声を急に上げてくる。
「ああ、ここにいたのか。君がユーロスターだね? エリックが探していたよ。早く行ってあげて」
声をかけられた猫は、見定めるようにじっとハリーを見詰めた後、ちらりとジョージに視線を寄越した。物言いたげな瞳にどんな意思が込められているのかをはかりかねている内に、猫はハリーの脇を通って去って行った。
「ハッフルパフのエリックがあちこち探してたんだ。目の上に傷がある黒猫を見てないかって。あの様子ならちゃんと戻ってくれそうだね。まさかジョージと一緒にいるとは思わなかったな……――ん?」
何か違和感を覚えたらしいハリーは首を傾げた。しばしの沈黙の後、はっと顔を上げてから、ぎこちない動きでジョージへと視線を合わせてきた。
「も、もしかして、さっきのにゃんって鳴いてって、あの猫に言ったの?」
「ああ、まあ、うん。そうだね」
あの猫をハリーに見立てて話していたので、ハリーに言ったといっても過言ではない。だが実際はハリー本人が近くにいたとは思ってはいなかったし、間違いなく猫に向かって話しかけていた内容であった。ハリーの質問を否定することは必要ない。
ジョージの肯定を受けたハリーは目を見開いた。
「僕、ジョージは僕がいるってわかってて、ふざけて言ってるんだと思って――!」
ハリーの顔が真っ赤に染まった。
フレッドとハリーを困らせるくらいなら、自分はこの想いをなかったことにした方がましだ。そう思って――そう思おうとしていたのに。
駄目だ。
ハリーが可愛い。
フレッドはハリーのことが好き。
ジョージが黙ってさえいればフレッドの恋はややこしいことにはならない。
それなのに、胸からあたたかな熱が湧き上がってくる。じわじわと上ってくるその熱が首を通り、喉を通って、口からこぼれ落ちてしまいそうになる。
好きだ。
好き。
ハリーのことが好き。
言葉が音を伴って本当に口から出てしまう前に何とか飲み込む。ジョージは何事もなかったかのような顔を取り繕って、口の端を吊り上げた。
「かーわいいハリーの声を俺一人だけで聞いたのはもったいなかったなぁ。フレッドはどこだい? フレッドにももう一回やってよ」
「嫌だよ! 絶対にやらない!」
「どうして? すっごく可愛かったのに」
「嫌だったら嫌だ!」
顔の色を羞恥の赤から怒りの赤へと変えたハリーは、ジョージに背を向けてずんずんと歩いて行ってしまった。ベンチから立ち上がったジョージは軽快な足取りでその後をついていく。
これでいい。
得意の冗句に載せてしまえば何だって言うことができる。
ジョージの中の熱が上がり続けてしまったら、いつかうっかり零してしまうかもしれない。だがそのいつかは今ではない。抑えられる限りは冗談で蓋をして抑えていこう。そうやっている内に熱が下がっていくことを期待して、何食わぬ顔で二人でハリーと遊んでいたい。
グリフィンドール寮へ戻る途中の廊下に小さな猫の足跡を見つけた。主の下へ戻ったのかもしれないし、またどこか別の所へ散歩にでかけたのかもしれない。目の上に傷痕を持つ黒猫を思い浮かべ、ジョージは小さく微笑んだ。
end.