口が裂けてもいわないが

改めて鏡を見てみると、なるほど。普段からよく目にする顔が映っている。

最も見ることが多いのは横顔だが、正面からの面立ちも飽きるほどに見たものだった。目の大きさやそばかすの数などに違いはある。そんな違いも、ほとんどの人は「同じ」と括ってしまう程度のものだが。

ジョージと自分の顔を比べたことはなかった。割かし似ていることは認めるが、同じとまでは思わない。兄弟の中でも一番年齢が近く、一番気が合うのがジョージだ。喧嘩したこともあるが、ジョージに対して強い嫉妬心を抱いたことはなかった。

ほとんどの人に「同じ」や「似ている」と言われることが多い顔だ。それなのに面白いことに、ハリーはそうは言わなかった。どこが似ているとも、どこが似ていないとも言わない。しかし、自分とジョージを彼なりに区別していることは感じていた。

ジョージと自分の何が違う。

これまで一度も考えたことがなかったのに、フレッドは今、鏡を睨みつけながら思考している。

ジョージと自分の何が違う。

身長は概ね一緒で、体形もほとんど一緒。髪の長さだって大差ない。ローブだってネクタイだって同じものを身に着けている。

それなのに、自分は、ジョージではない。ハリーが想いを寄せているのは自分ではない。

ジョージと自分は何が違う。

ひたすらに見続けているのにそれらしい答えは全く出てこない。

はぁ、と溜息を吐いたとき、

「何してるの」

と後ろから声をかけられた。

辛うじて驚きの声は飲み込む。代わりに、素早くそちらの方へ振り向いた。スニッチにも劣らぬほどの速度であったのだが、それについて触れられることはなかった。

振り向いた先にいたのはハリーだった。フレッドから少しばかり離れたところで、腕を組んで立っている。心なしか、眉根が寄せられているように見えた。

「やぁ、ハリー。こんなところでどうしたんだい」

平静を取り繕い、おどけてハリーに訊ねた。できれば表情を和らげてほしいと願ってのものだったが、彼の眉間の皺は更に深くなってしまった。

「どうって、フレッドが変な顔して一人でトイレに行くから、気になってついてきちゃったんだよ」

フレッド。
彼が呼ぶ自身の名に、安堵感と共に胸の痛みを覚えた。

ハリーは、フレッドとジョージを間違えることがない。それが嬉しくもあり、悲しくもある。ジョージへの想いの大きさが関係していることが見て取れた。

フレッドの胸の内に気づかないままハリーは続けた。

「そしたら個室に入りもしないでずっと鏡を見てるからさ。──何してたの?」

ハリーに見られていたとは思わなかった。彼が丁度鏡に映らないところに立っていたとはいえ、その気配すらわからなかったとなると、自分は相当に頭を悩ませていたらしい。

フレッドは口の端を吊り上げて笑った。

「いや、大したことじゃないよ」

上手い返しが思いつかない。情けない。

ハリーも納得できないようでじとりとフレッドをねめつけた。「ふぅん?」と訝しげな声を漏らしてフレッドに歩み寄ってくる。

「は、ハリー?」

気迫に押され、後退してしまう。だが後ろの鏡に退路を塞がれた。
すぅと伸びてきた白い両手に、頬を鷲掴みにされた。

「──っ!?」

勢いよく右へ向けられると、すぐに左へ向けられる。ぐきりと首の関節が鳴る音がした。

「な、何だよ、ハリー!」
「新しい商品を作ったときに怪我でもしたのかと思ったけど、違うみたいだね、良かった」

呆れるような溜息を吐いてから、ハリーはやっと解放してくれた。

「心配してくれたんだ?」

からかうような調子を努めて訊ねた。胸の奥で心臓が跳ねる感覚がした。

「当たり前だよ」

どっどっ、と鼓動が激しさを増していく。

ハリーの目は鋭い。フレッドとジョージを見間違えることはないし、たとえフレッドがジョージのふりをしていてもハリーは気づいてしまう。

そんなところも、好きなのだ。大好きだ。

どれほどにハリーを想ってもこれを打ち明けるつもりはない。

「ジョージも心配してたよ、フレッドが最近おかしいって」
「そうか。そう、だよな」

こちらの体調の如何には敏感なのに、心の機微──恋心の機微には疎いようだ。今のフレッドにとって、ハリーの口から出てくるジョージの名がどのような意味を持つのか、ハリーには気がつく様子もない。

心臓が平常心を取り戻し始める。

ハリーの心には、一人しかいない。

それは自分とよく似た容姿をして、よく似た性格をしている。ほとんど共に生きてきたし、ほとんどの人が自分と「同じ」という人物だ。

その人物が、ハリーの心の真ん中にいる。

「いつまでトイレに籠ってるんだ? フレッドはゲーゲートローチでも食べ過ぎたのか?」

揶揄するような明るい声と共に、問題の人物が中に入ってきた。つい先ほどまで鏡で見ていたその顔と、よく似た顔だ。

「ジョージ!」

その顔を視認すると同時に、ハリーが弾けるような笑みを浮かべた。
同じはずの顔なのに、自分を見たときとは随分と反応が違う。

ジョージと自分は何が違うのか。

たぶん、それを一番よく知っているのは自分だ。

ジョージのどこがいいのか。

それを一番知っているのも自分だ。

だから、ハリーがこの笑顔を浮かべる理由も、よく分かる。

ふぅ、と息を吐いて溜息を吐いた。自分の表情は鏡を見なくてもよく分かる。呆れと呼ぶには晴れやかに過ぎる顔をしていることだろう。

「どうしたんだ?」

ジョージがうかがうように見てくる。

「いや、大したことじゃないさ」

先ほどと同じような言葉を返した。

お前が羨ましいなんて、口が裂けても言ってはやらない。
フレッドは明るく笑って、相棒の肩を強めに叩いた。

 

end.

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