残酷な嘘吐き

口づけをされた。
見計らったように。見せつけるように。

扉を開けた主がフレッドであると分かった瞬間に、ジョージは、あ、と声を漏らして、慌てたようにハリーから離れた。焦燥にかられた表情も、跳ねるように距離を取った動作も、どれも自然で、知らなければ本当に信じてしまいそうだ。

わずかに赤みがさした頬も、恥ずかしさゆえに見えてしまう。恋人との情事を身内に見られてしまったのなら、誰もが羞恥に染まるだろう。本当に恋人との情事であったならば、だが。

彼の本心を知っている身として、ハリーは冷めた面持ちでその様子を眺めていた。

「悪い、邪魔したな」

間の悪いときに部屋に入ってしまったとしか感じられないだろうフレッドは、肩を竦めて苦笑する。

「い、いや、大丈夫」

やはり慌てたようにかぶりを振って、ジョージは否定した。そして隣に立つハリーに顔を向ける。

「そうだよな、ハリー?」

同意を求める明るい口調に反して、その目はほの暗い光を宿していた。顔は笑っている癖に、心は全く笑っていない。

フレッドにはいつも綺麗に笑うのに、どうしてその技術を自分には向けてくれないのか。

嘆息したくなる衝動を抑えて、ハリーは首肯した。

「うん、大丈夫だよ」
「あー、でも、二人ってさっき、その」

フレッドの話し方は珍しく歯切れが悪い。それはそうか。つい先ほど、口づけを交わしていた二人を見たばかりなのだから。

ハリーの唇にはまだ、ジョージのそれが触れた感覚が残っていた。ただ触れただけの行いだ、と自身に言い聞かせて言葉を重ねる。

「何でもないんだ。フレッド、それより、何か用があったの?」

フレッドはまだ腑に落ちない様子だったが、小さくかぶりを振って笑った。

「いいや、特に用はないんだ。ハリーもジョージも見当たらなかったから、探してみただけさ。せっかくの二人の時間を邪魔しちゃ悪いな。退散するよ」

片手を振って、この部屋を去ろうと踵を返す。扉を閉める直前に、思い出したように振り返った。

「そうだ、ジョージ。ほどほどにしろよ? 明日はスリザリンとの試合なんだから」
「当たり前だろ、フレッド。試合には響かない程度に抑えておくさ、任せとけって」

ジョージはハリーの肩を抱き、額に口づけた。フレッドは苦笑して扉を閉める。最後にハリーを見て、悲しそうに笑っていたのはきっと気のせいではなかっただろう。

扉が完全に閉まるのを見届けると、ジョージはハリーから手を放した。同時に三歩ほど離れて距離を空ける。すぐ傍の机に腰掛けて、天井を仰ぎ見た。安堵からか、ジョージは小さく息を吐く。

これが、ハリーとジョージが二人きりでいるときのいつもの距離だ。甘い雰囲気などありはしない。重苦しい沈黙が落ちているだけだ。

「いつまで続けるつもりなの」

耐えかねて、ハリーが先に口を開いた。ジョージは目だけをこちらに向ける。眉を歪ませ、口角をつり上げて、冷たく笑った。

「いつまでも。フレッドが君を諦めるまで」

フレッドはハリーを想っている。気づいたのは数か月前のことだ。きっかけは、フレッドの行動や言動によるものではない。ジョージの行動だった。

それまでは同じ寮の仲間として、クィディッチの仲間として、弟の親友としての態度しか示さなかったのに、あるときを境に急に変わった。物理的な距離が近くなったのだ。何かとハリーに触れてくる。その上、表情まで甘くなっていた。しかも、それは何故か、フレッドと一緒にいるときしか表れない。極たまに、ジョージが一人でいるときに近づいても彼はハリーに全く触れてこないのだ。それどころか恐ろしく冷えた目でハリーを見下ろしてくる。

ジョージの目線の先にはいつもフレッドがいた。

彼の行動が、フレッドに見せつけるためであることに気づくまで時間はかからなかった。そこから逆算して、フレッドが自身に想いを寄せていることにも気づいた。気づいてしまえば思い当たることはたくさんあった。

フレッドの行動もあの言葉も、全てハリーを想っていたからなのだ。なるほど、と思いはしたし胸も温かくなった。だがそれ以上の感情を抱くことはできなかった。

ハリーは知っている。
ジョージの心がハリーにはないことを。
ハリーに心を向ける日など、永遠にこないことを。

優しい言葉にも、脳を揺さぶるような触れ合いにも、何処にも彼の愛情が含まれていないことと承知している。

それなのに彼を拒まずにいられないのは、自身の心の底にある、彼への愛のせいだ。

「言っておくけど、俺が君を愛するなんてことはないよ。期待しない方が君のためだ」
「知っているよ。何度も聞いた」

馬鹿なハリー。
愚かなハリー。
何度自分を罵っても、ジョージへの熱はおさまることはなかった。

 

end.

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