ルビー色の百味ビーンズ - 1/3

闇祓いの仕事を終えてから立ち寄ったWWWの店舗の前は既に閑散としている。ハリーと入れ違うように一人の青年が店から去っていった。彼が本日最後の客だったらしい。続いて、店仕舞いをしようとしていたベリティが出てきた。彼の後について自分も立ち去るべきかと逡巡したが、ハリーの姿を認めたベリティは何も言わずにドアを開けてくれた。顔パスと呼ぶには分不相応に思えたが、営業時間中に入ることができないハリーにとっては有り難い扱いだった。

ベリティに挨拶をして入った店内は暗い。メインの明かりは落とされていた。辛うじて、間接照明が出入り口の位置を教えてくれている。商品の詳細を見ることはできないが、その陳列の乱れから、本日も多くの客が押し寄せたことは見て取れた。それでもレジ周辺の商品が綺麗に並んでいるところを見ると、商品陳列に対する店員の意地を感じる。

レジを通り過ぎ、バックヤードへ通じるドアを開けた。いつもなら慌ただしく商品在庫を確認するロンの姿が見えるのだが、今日は非番のようだ。静まり返った通路は、いつになく寒々しく感じる。

前へ顔を向け、オレンジの明かりが漏れる扉を見つけた。勝手知ったる我が家とばかりに、ハリーは淀みなく歩を進めて、そっとドアを開けた。

部屋の奥で、店主が書き物机に向かって羽根ペンを走らせている。ドアを音もなく開けたためか、赤毛の彼はまだ来訪者に気づいていないようだった。振り返ることなく作業を続けている。

常に明るく振る舞って、面白いことを探究し続けている彼のこういう一面を初めて見たときは驚いてしまったのを覚えている。今となってはこの姿にももう慣れてしまった。だが、彼の机の隣に並ぶ席が空白のままとなっているこの光景には、今でも胸がざわめいてしまう。

ハリーが空席を見詰めていると、ペン先が羊皮紙を引っかく音が止まった。ジョージは羽根ペンを置き、羊皮紙をくるくると丸めた。窓辺でずっと自分の出番を待っていたふくろうにそれを括りつける。窓を開け、頼んだぞ、と声をかけて見送った。

一連の行動を終え、小さく息を吐いてからジョージは振り返った。

「やぁ、ハリー。待たせたね」

からっとした調子で言うジョージに、ハリーは片眉を吊り上げた。

「お疲れ様。僕が来たっていつ気づいたの?」
「簡単さ。君が来るところが窓から見えたんだ」

ジョージは書き物机に腰かけると、長い足を組んで笑った。

「ハリーがこっちに来る前に終わらせようと思ってたんだが、間に合わなかったな」

残念、と肩を竦めた。その仕草はあまり残念そうに見えなかった。いつものからかい調子そのままだ。

「今日はどうしたんだい?」

仕切り直すようにジョージが訊ねた。
ハリーは半開きのままだったドアを閉め、ジョージの元へと歩み寄る。

「別に大した用はないんだ。ただ、会いたくなっただけ」
「そうか、わかるよ。俺もだ」

ジョージの目の前まで来ると、部屋のわずかな明かりだけでも彼の顔がよく見えた。かすかな寂しさをまとわせた笑みは、ここ最近見る回数が増えた表情だ。この顔が、ハリーの記憶よりもやや大人びて見えるのはきっと、ジョージの抱える寂寥だけが原因ではないのだろう。

彼を喪ってから、もう三年が経つ。

ハリーとジョージはほとんど同時に互いから視線を外し、ほとんど同時に隣の席を見た。ずっと長いこと使われていないはずなのに、埃ひとつ落ちていない。

「ねぇ」

何を言おうか決めるよりも先に声が出た。沈黙に耐えられずに出してしまった言葉だったが、幸い、続けるべき言葉はすぐに見つけることができた。

「ねぇ、その百味ビーンズって、ジョージのなの?」

彼の机に置かれた箱を指差した。赤と白のストライプで彩られた箱は、ぱかりと口を開いた状態で鎮座している。透明なフィルムで作られた窓は、中身が既に半分しか残っていないことを教えてくれた。

「まぁね。久しぶりに食べてた」

言いながらジョージは箱に手を突っ込み、適当に漁り始めた。しばらくして動きをとめ、色を確かめもせずに口に放り込む。一瞬顔を顰めたが、気にすることなく咀嚼してハリーに頷いて見せた。良くない味に当たったのは間違いないはずなのに、そうとは見せない彼の姿には笑うしかない。

「ハリーも食べるかい?」

ジョージが箱を差し出してきた。

百味ビーンズなど、もう何年も食べていない。働き始めてからは目にすらしていなかった。元々、自分一人で選ぶことのない菓子だ。ロンたちと離れてからは尚のこと遠ざかってしまっていた。

「茶の斑点が入った、薄い青色のタフィーがあるだろ。そいつが俺のおすすめだ」

ジョージは悪戯げに笑った。

箱に手を入れ、最初に掴んだのは正しくおすすめの色の粒だったが、見なかったことにして別のものを探し始めた。彼の言うことを額面通りに受け取って食べられるほどの素直さは持ち合わせていない。

適当に中身を引っ掻き回してから新たに一粒掴み取る。指で摘まんで持ち上げ、柄を確かめた。

赤い。ルビーのようなタフィーだ。

「面白いのを選んだな」

ジョージは目を丸くしていた。彼のことだ。百味ビーンズのそれぞれの粒が持つ味は、全て知っているのだろう。ハリーはその十分の一も味を知らない自信があったが、この粒だけはよく覚えていた。

「面白いよね、本当に」

小さく返事をして、ハリーはこれを初めて食べてしまった、遠い日のことを思い出した。