一人で庭の隅にうずくまっている間に、フレッドとジョージが薬を作ってロンに飲ませたという報せを受けた。軽度ながらも症状が出ていたハリーも同じものをもらって飲んだが、飲んでから後悔した。味は、ポリジュース薬よりはまし程度のものだったが、それはいい。後悔したのは、薬を飲んだロンの顔を見てからだ。彼の顔は文字通り緑色となっていた。ペンキを塗ったくったような、鮮やかな緑だった。目を見る限り正気に戻りはしたようだが、その代償も大きかった。ハリーの視界に映る自身の手も同じような緑を発色している。
ロンは、自身の顔の色以上に自分がジョージにキスを迫っていた事実にショックを受け、パーシーの部屋を奪って無理やり引きこもってしまった。ロンの異常な顔色を見たパーシーは、怒るに怒れずに資料だけを持って大人しく部屋を明け渡した。
これほどに大きな事態となってしまったので、騒ぎは当然ウィーズリーおばさんの耳にも届いた。二人はおばさんからこんこんと叱られた挙句、件の薬も没収されてしまったのだが、懲りた様子はなかった。取られてしまった薬の材料も作り方も全てメモが残っているため、現物がなくなったところで困ることはないそうだ。
二人は、症状を抑えた薬の、顔が緑色になる副作用に着目し、そこからまた新しい薬を作ろうとしている。彼らはむしろ、今回の出来事を楽しんでいるようだった。
ジョージもまた、ロンに迫られたことに多少なりともダメージを受けたようで、表情は芳しくない。そんなジョージの肩をフレッドが笑いながら叩いている。
「まぁまぁ、これでまたいいものが作れるんだから、儲けものじゃないか」
「そうは言っても、あれは中々にきついぜ。ロンに肌の状態を見せてほしいところだが、しばらくは近づきたくないな。代わりと言ってはなんだが」
ジョージの目がちらりとハリーの方に向けられた。いつものような悪戯めいた色ではなく、研究者のような色が浮かんでいる。フレッドもまた似たような目でハリーを見ていた。二人の目線を同時に浴び、ハリーは自身の顔が緑色に染まっていることを思い出した。
そうだ、今のハリーは緑色なのだ。ロンと同じ薬を飲んだ。だから、近くにいる人が魅力的に見えるという症状は治まっている。そのはずなのだ。
「なぁハリー、ちょっとでいいから、俺たちに付き合ってくれないか?」
じりじりとフレッドが近づいてくる。
症状は既に治まっているはずなのに、ハリーの心臓は、フレッドが距離を詰めるごとに激しく脈打った。
今のハリーには、フレッドにドキドキする理由なんてものはない。それなのに、身体の反応は違った。視界に映るフレッドの輝きは成りを潜めているのに、心臓だけかがおかしなままだった。いや、先ほどは目がおかしくなりはしたが、心臓はここまでおかしくはなかった。今は、さっきよりも深刻な症状が出てしまっている。
「いいだろ、ハリー?」
「あー、そのー、うーん」
煮え切らない言葉を返すハリーに、フレッドの長い腕が伸びてくる。思わず目を閉じて身構え──ふわりと香るものに気づいた。
「あれ? フレッド、もしかして、香水つけてる?」
あのバラの匂いとは別の匂いがする。柑橘の果物を思わせる、すっとした香りだ。この香りには覚えがある。ビルがまとっていたものによく似ていた。
フレッドはハリーに言われて思い出したのか、ああ、と声を上げて自身の手首を見た。
「ビルから土産にもらったんだ。何か面白いことでも起きたらいいと思ってジョージと試してみたんだけど、どっこい。ただの香水だったみたいでさ。つけたまま忘れてた」
言いながら、フレッドは肩を竦めた。
「──それ、今日、ずっとつけてたの?」
「朝つけたから、そうだな」
「ロンがあの薬をぶちまけたときも?」
「そういうことになる」
ハリーの問いに、フレッドは大仰に頷いた。
あのときはあまりにもバラの匂いがきつかったから、フレッドが香水をつけていたことには気づかなかった。だが、今日一日ずっとこれをつけていたのであれば、なるほど、と思うものがある。
ハリーの目に、やたらとフレッドが輝いて見えたのも、全てこの香水のせいなのだ。
フレッドは何の効果もないただの香水だと言っていたが、そんなことが本当にあるのだろうか。何て言ったって魔法界の香水だ。マグルの香水とは違う。フレッドが気づいていないだけで何かの効果があったっておかしくない。面白いと感じることには異常に目端の利く双子ですら見逃すような何かがあったのだ。
それに、あそこでは彼らの作った薬が気化して部屋いっぱいに充満していた。それとビルの香水が合わさった結果、視界に入っている人が光って見えるようになった。その上さらに、動悸が激しくなったり、顔が熱くなったり、目の前にいる人がやたらと格好よく見えたりといった、奇妙な現象がハリーの身に起きてしまっているのだ。あれ、フレッドは前からこんなに格好いい顔だったろうか。いや、そうだ、きっとそうだ。全部あの薬と香水のせいだ。
「どうした、ハリー?」
「──っ!」
急に黙り込んだハリーを心配するようにフレッドが顔を覗き込んできた。ハリーの心臓が一際大きく跳ねる。
今のハリーの症状を知られてしまえば、この二人にどんな目に遭わされるかわかったものではない。
「い、いや、その、ビルの香水って、僕ももらえるのかな?」
咄嗟に出てきた誤魔化しの言葉に、フレッドは目をぱちくりと瞬かせた。
「頼めばもらえると思う。ビルに言っておくよ」
「あ、ありがとう」
フレッドがハリーから離れ、ビルを探しに階下へ向かってくれた。フレッドの背を目で追いながら、ハリーはほっと息を吐き出した。
後日、ビルにシトラスの香りがする液体に入った瓶を手渡されたときに、それが本当にただの香水なのかを訊ねてみた。
しかし、
「どうかな?」
とニヤッと笑うだけで、はっきりとした答えは与えてくれなかった。
そんなビルの反応からハリーは、やはりただの香水ではないのだ、と結論づけた。つけた者を魅力的に見せるとか光っているように見せるとか、そういう類のものが初めから備わっていたのだ。
あの場にいた面々の中で光って見えたのはフレッドだけであり、またフレッドが光って見えたのもハリーだけであったらしい事実は無視をして、小瓶の蓋を開けた。
一滴だけ手首に落とし、瞼を下ろす。
真っ暗になった視界の中であのときに見た光を思い出した。自身の鼓動が大きく鳴る音と、頬が燃えるように熱くなる感覚がした。
end.