いつかの約束

それは、遠い日に交わされた約束だった。
今尚、変わらず覚えているのは―――

* * *

対抗試合での優勝賞金を半強制的に双子へ渡したとき、ジョージはモゴモゴと礼を言い、フレッドが隣で猛烈に頷いていた。

双子にウィンクを投げかけて、不機嫌そうにしながらも待ってくれていたバーノンおじさんの元へ駆け寄る。しかし、その足はすぐに止めてしまった。ハリーの腕が掴まれたのだ。ハリーの前腕を軽く、だが確実に捉えたのはフレッドの手だった。

「ねぇ、ハリー。俺たちが店を構えたら、その、うちの店に来てくれないか?」

わざわざ止めたから何事かと思ったのに、用件は案外何でもないことだった。改まって言うほどのものではない。それくらい当然のことだ。

「もちろん行かせてもらうよ。詰まらない店だったら、お金は倍にして返してもらうからね」
「当たり前だ! 倍どころか、一生かけて君に貢ぎ続けてやるさ。けど残念。俺が言いたいのはそういうことじゃないんだな」
「どういうこと?」

言わんとしていることが分からず、ハリーは首を傾げる。
フレッドはにやりと笑った。その笑みを見たジョージは何かに気づいたようで、諫めるように「フレッド!」と名を呼んだ。

フレッドは自身の名を呼ぶジョージの前に手の平を広げ、それ以上の詰問を許さない。そしてハリーに向き直り、悪戯めいたいつもの表情で言った。

「君にはずっと大切なお役目があるんだろうけどね。何しろ、君は英雄だ。悪戯専門店に収まる器じゃない」
「そんなこと、」
「そんなことはある。だから、俺たちの店に来るのはその後だな」
「お客さんとして行くってこと、だよね?」
「そう思うかい?」

まさか。

意味深げなフレッドの瞳に、彼の言おうとしていることが想像された。
考えられることが一つだけある。だが、確信を持てない。

冗談めかした物言いに、期待してはいけないと自身に警告する。そんな警告も虚しく、ハリーの心臓は素直にも早鐘を打っていた。

今まで黙ってやり取りを見ていたジョージが観念したような溜息を吐き、やっと口を開いた。

「何ていうか、君が英雄のハリーじゃなくて、ただのハリーになったら、俺たちのところに来いってことだよ」
「あるいは、伝説のハリーになってるかも。引く手数多で就職先には困らなそうだけど、帰る家はどうかな?」

ジョージの言葉をフレッドが茶化す。
まさか、いや、もしかして。

加速度的に膨らむ期待を抑え、ハリーは喉の奥から声を絞り出した。

「それって、つまり」
「俺たちと一緒に暮らそうってこと」

ジョージの言葉が、期待を確信に変えてくれた。

その目は逸らされ、ハリーを見ていない。しかし、頬が赤く染まっていた。それどころか耳までも真っ赤になっている。よく見てみると、にやついてはいたが隣のフレッドもまた、耳まで赤くなっていた。

彼らの赤みと、いつにないぶっきらぼうな言い方が、冗談ではないとハリーに知らせてくれる。

二人は本気だ。

ハリーは顔に血が上るのを感じた。もし目の前に鏡があったら双子と同じ色になっている自分の顔が見られることだろう。

「ま、まだまだ先のことだけど、ね」

フレッドはハリーの腕から手を離して肩を竦めた。

「君が伝説のハリーになれるように、俺たちも手伝うからさ」
「今のお役目が終わったら、俺たちの店も手伝ってくれよな」

約束だ。

二人で同時に言い残して、二人で同時に踵を返した。

いつまで経っても自分の元へ来る気配のないハリーを見兼ねたバーノンおじさんの唸り声が後ろから聞こえる。魔法使いの二人が離れたことを確認してから近付いて来たらしい。

「何を無駄話していたんだ、わしを待たせおって――いい気なもんだ!」
「……僕」
「――? 何だ」
「僕、プロポーズされちゃった、のかなぁ?」
「……知らん」

ハリーの冗談めかした言葉に、バーノンおじさんは盛大に顔を顰めた。

あれは、遠い日に交わした約束だった。
今尚、変わらず覚えているのは………?

end.
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