嘘吐きが常に嘘を吐くとは限らない

悪戯が好きな双子は冗談も好む。

ハリーが彼らと過ごした時間は、彼らの末弟と比べると些末なものでしかない。

それでも、分かることはある。

「愛してるよ、俺たちのハリー」
「一緒に俺たちの部屋に行こう」

悪戯が好きで、冗談も好きな双子は、嘘も吐く。

どれほど愛おしげに見詰められても、この言葉が嘘であることをハリーは知っている。

思えば、この双子と知り合ったのは、彼らの弟であり、ハリーの親友でもあるロンと知り合ったのとほぼ同時だ。学年が違うため、共に過ごした時は短いが、付き合い自体は長い。

クディッチのチームメイトであることを踏まえると、同学年のグリフィンドール生よりもよほど密度の濃い付き合いをしているといえる。オリバーの鬼のようなしごきを一緒に耐えた日々は記憶に新しい。

この二人の特にすごいところは、どんなときでもハリーへの態度を変えないところだ。彼らはことあるごとにハリーに手助けをしてくれた。スリザリンの継承者であるとの噂が流れたときも、彼らはそれ以前とは変わらない態度でハリーを茶化してきた。そんな二人にどれほど救われたか分からない。

いつも傍にはいない。

だが気付いたときには傍にいる。

さり気ない気遣いのできる男たちだった。

そのさり気ない気遣いのできる男たちは、さり気なく愛も囁く。

愛していると双子から言われたのは、今日が初めてではない。大勢の人が集まっている夕飯時の大広間で言われたのは初めてだったが、台詞自体は聞き慣れていた。聞き飽きたと言ってもいい。いつもの冗談を言うときと同じ調子で、いつも愛していると言ってくる。

隣を見ると、ロンが唖然としている様子が視界に映った。スリザリンの席には、マルフォイが大口を開けて情けない顔を晒している姿も見える。

一体、何にそこまで驚いているのだろう。

首を傾げながらも、前へ進み出る。腕を広げる双子の元へ、何の躊躇いもなく向かうハリーに驚いたのは周りの者たちだった。

「ハリー!? どうしたの!? 何でそんなにあっさりとフレッドとジョージのところに行くの!? もっと何か言うべきことがあるんじゃないのか!」

口を開いたのはロンだった。

ハーマイオニーは隣で、訳知り顔をしている。ハリーと双子の行動に疑問を抱いたのはもっぱら男子のようで、女子はみんな似たり寄ったりの表情を浮かべていた。

ハリーは、ロンが動揺している理由が分からず、再び首を傾げた。

「言うべきことって?」
「えーと、その、ハリーは愛してるとか何とか言われてただろ? それについて何か言うことがあるんじゃないかと思ってさ」
「そうなの?」

フレッドとジョージに視線を移して訊ねたが、肩を竦めるだけで明確な答えは寄こしてくれない。

「よく分からないけど、僕はフレッドとジョージに呼ばれたから行くだけだよ」
「呼ばれたからというだけの理由で、貴様は気軽に男の元へ行くのか!?」

声が上がったのはスリザリン寮の席からだ。

大人しく盗み聞きをしていたら良かったものを、と呟いたフレッドの言葉を拾う。小さなその声を聞き取ったのは、近くにいたハリーと、フレッドの真横にいたジョージだけだったようだ。ハリーは、フレッドの言葉に頷きながら笑むジョージの顔を視界の端に捉えた。

「おい、聞いているのか、ポッター!」

ハリーは、自分の感じた苛立ちを惜しげもなく顔の全面に表してマルフォイへ向き直る。マルフォイは人(主にハリー)の心を正しく読み解く力が不足しているようで、自分を真っ直ぐに見詰めるハリーに対して、場違いなほど派手に赤面する。マルフォイを囲うスリザリン生は憐れみのこもった目で彼を見ていたが、それにすら彼は気付かない。

「フレッドとジョージに呼ばれたから、僕は行くんだ」

君に呼ばれたとしても僕は行かない。

暗にそのようない意味が込めていたのだが、ハリーの瞳に目と心を奪われていたマルフォイには通じなかった。マルフォイの頬の赤みはまだ引かない。

ハリーは溜息を吐いて双子の元へ行く。

自分たちの元に来たハリーの身体を、二人の長い腕が包み込んだ。

「まだ返事をもらってないんだけど、言ってくれないかな?」
「言うって何を?」
「いつも言ってくれるだろ? お決まりのあの文句のことさ」

フレッドの声量は、囁くというにはやや大きいものだった。大声というには小さかったが、三人の一挙手一投足に注意するために静まり返った大広間では十分に響き渡った。
二人の言わんとしていることに気付き、マルフォイに向けていた忌々しげな表情を引っ込めて、晴れやかな笑顔を浮かべた。

「僕も、二人のことを愛しているよ」

双子に愛していると言われたら、愛していると答える。いつからか定型のやり取りとなっていた。

ハリーの、フレッドとジョージを愛しているという言葉に嘘はない。

嘘を吐いているのは双子の方だ、とハリーは笑顔の下で唇を噛む。

いつでも、フレッドが共に行動するのはジョージで、ジョージが共に行動するのはフレッドだ。互いに互いが誰よりも大切であることは、聞かなくても分かる。

本当に二人が愛しているのはハリーではない。フレッドが愛しているのはジョージで、ジョージが愛しているのはフレッドなのだ。決してハリーではないし、ハリーになることもない。

ハリーに対して二人が愛を囁くのは、ただの悪戯の一環に過ぎない。

だから、彼らの言葉を真に受けてはいけない。

見上げた双子の顔に浮かんでいる笑みは、悪戯が成功したときのそれと同じだ。

愛している、と答えたその唇を噛むと、双子の片割れと目が合った。その瞳に熱がこもっていたように見えたが、瞬きをしている間に消えてしまった。

自分の願望が見せた幻に違いない。

嘘と冗談を愛する双子に期待をしないよう、きつく目を瞑った。

 

end.

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