守りたいもの

ハリーは人気者だ。事あるごとに活躍する彼が、多くの人間の真ん中に入ってしまうことは珍しいことではない。

英雄としてただ崇めているだけならば、フレッドもジョージも、彼を囲う人々に注意を向けることはない。

だが、彼らが慕っているのは英雄ハリーとは違った。ハリー自身だ。それも、純粋な好意によるものではない。

親友として傍にいるロンや、比較的奥手なネビルはいいだろう。問題はこのすぐ近くにいるディーンやシェーマス、爽やかな笑みを浮かべるセドリックに、遠巻きに見詰めているドラコやスネイプといった連中である。

彼らの心に何があるのか。フレッドもジョージも、腹が立つほどに承知していた。自分達と抱えるものが同じだからこそ、どうしてもその気持ちに敏感になってしまう。

そのような連中を、ハリーに近づけるつもりはない。下心をもってハリーに関わろうとする人間は、自分達だけで十分だ。

互いの意見が一致したため――もっとも、一致しないことはほとんどないのだが――フレッドとジョージはハリーの身辺を警護することにした。

あるときはハリーの両脇をぴったりと固め、またあるときはハリーの背に壁を作って守った。物理的に彼を囲っている間は、ハリーに近寄ろうとする輩はいなかった。

しかし、これはほどなくして止めることになってしまった。守るついでに悪戯まじりに会いを囁いたり、可愛らしい些細な悪戯(ハリーの頭に猫の耳を生やすカチューシャをつけるなど)をしかけたりしたのが不味かったらしい。ハリーに距離を置くように頼まれてしまった。

フレッドとジョージが何かをする度に、末弟がハリーに哀れみの目を向けるほどだったので、少々やり過ぎてしまったのだろう。その自覚はあった。自覚はあったが、愛しい相手を前にして、大人しくしていられるような性格を、二人とも持ち合わせていなかった。

ハリーの希望通り、距離を置いて見守ることにした。これが中々に難しい。

二人が距離を開けた途端に、多くの人間がハリーに近づき始めた。マルフォイ家の少年は特に酷く、ハリーに何度あしらわれても懲りることなく近づいている。彼の鋼の心臓は尊敬に値するが、見ていて楽しいものではない。

大広間での食事を終えたハリーは、廊下を出る直前にドラコに捕まった。それが今日の人だかりの発生のきっかけだった。

ドラコへの苛立ちは、ハリーの後ろ姿からでも見て取れた。残念なことに、愛すべきドラコ少年は目が悪いらしい。ハリーの怒りも目に入らない様子で、嫌味にしか聞こえない口調で彼を口説いている。

もしも、フレッドとジョージの二人がもう少し大人だったなら、あの哀れな少年の姿を微笑ましい気持ちで見守ることができただろう。だが、二人はまだまだ子どもだ。

ちらり、と隣に立つ相棒の顔を盗み見る。フレッドの笑顔は引きつり始めていた。今の自分がフレッドと似たような顔をしているだろうことは、想像に難くない。

恐らく、限界は近い。

ジョージの方がフレッドよりも、わずかばかり気が長い。おかげで隣を見る冷静さを辛うじて持つことができる。フレッドと目が合わないところを見ると、彼にはもう余裕がないことがよく分かった。

フレッドが一人で堪忍袋の緒を切ってしまった場合、抑えるのは間違いなくジョージの役目だ。実際にフレッドが怒りに身を任せることになるときには、ジョージも限界に達しているので、フレッドの抑え役を務めることはできない。その事実には敢えて目を瞑り、どうしたものか、とハリーの後ろ姿を見詰めた。

ハリーの姿はあっという間に多くの人間に囲まれて消えてしまった。きっかけとなったドラコも人の波に飲まれてしまい、今は何処にいるのか分からない。

稲妻型の傷痕がわずかに覗く。戸惑いの色を滲ませた緑の瞳の下――白い頬に誰かの手が伸びるのが見えた。

大人であれば、この状況も笑って見ていることができたかもしれない。だが、悪戯を愛する人間が、子どもの心を忘れてしまってはいけないだろう。

足を前へ進ませた。隣の相棒の身体が同時に動くのを感じる。喧噪の中でも彼に声が届くよう、いつもより深く息を吸った。

「人気者のハリー様ー、そろそろ部屋に戻ろうぜ」
「俺たちの部屋に来るって約束、忘れてないよな」

人々の動きが止まる。その隙にハリーの隣へと二つの身体を滑り込ませた。

約束を反故にするなんて酷いぜ、とフレッドはハリーの肩を抱く。ハリーは、約束なんてしていたっけ、とハリーは首を傾げたが構うことなくフレッドは彼を引いて集団から出た。呆気に取られた人々を残し、二人だけで去ろうとする。ジョージはそれについて行かずに、集団の中に一人で残った。

珍しくフレッドから離れたジョージに気づいたらしい。ハリーが、振り返ってこちらを見た。

「ジョージは行かないの?」
「すぐに追いかけるさ、待ってて」

片手を上げて、ひらりと手を振って笑う。ハリー達の姿が廊下の角を曲がったところで、ジョージはローブに隠していた、もう片方の手を出した。その手でしっかりと掴んだ杖の先を、周囲の人間達を向ける。

「ハリーに触っていいのは俺たちだけだよ」

遊び心のない、本気の脅し文句に息を飲む音がした。

杖をくるりと回して、ローブの中にそれをしまう。

優雅な足取りでハリーとフレッドの後を追った。去り際にポケットから落としたものに人々が気づいたころにはもう遅い。彼らは不用意にハリーに近づいたことを後悔することになる。

この置き土産のWWW製品が原因で、大広間を汚し多くの人間に迷惑をかけた罪として罰則を受けることになっても、そんなことは構わない。

ハリーを魔の手から守ることができるなら、どんな罰でもお安いものだ。

end.

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