【第6話】逃げた先と向き合う今と

 ハリーが店を訪れたあの日から、あっという間に一年が経ってしまった。ホグワーツも魔法界も恐らくは――いや、間違いなくハリーの周囲も随分と様変わりしている。

 ホグワーツから離れてしまったら、ハリーとは気軽に会えなくなるとわかっていた。

 しかしながら現実は、想像してたよりもずっと大変な状況となっている。ハリーはあの日から一度もこの店を訪れていない。遊びに来られるような情勢ではないし、そうするべきではないとジョージも理解していた。

 昨年はハリーと会わずに済むことに安堵していたくせに、今年はハリーと会えずにいることに鬱屈とした感情を抱えている。対するフレッドには堪えた様子はない。

 ハリーを諦めない。

 去年のあの日、ジョージに宣言したはずのフレッドは、ハリーに会いたくても会えない現状を嘆いているようには見えなかった。いまは吹っ切れたように真っ直ぐ前を見ている。

 ハリーに会いたくないのか。

 何度か、フレッドに訊こうとしたことがある。だが止めた。

 ジョージもハリーに会いたいのか。

 そう訊き返されてしまったとき、ためらうことなく返事をできると思えなかった。

 バックヤードで見た、ハリーの顔が幾度となく頭に蘇った。

 怒りを滲ませた真剣な目と、ぶつかるように触れた唇を思い出す度、ジョージの思考は一つのことに占拠される。

 可愛かった。

 ハリーの容貌はあの時点ですでに、可愛いや美しいといった形容が合わないものとなっていた。よく知っているはずなのに、可愛い、という単語が思考を埋め尽くしてしまう。

 ハリーは一体、いつから可愛いのだろう。フレッドなら、最初から、と答えるかもしれない。

 あの日に見た、最後のハリーの姿を思い出す。フレッドと別れの挨拶をしていたハリーの姿だ。

 親しい友との間で交わされる挨拶でありながら、他者の侵入を拒むような特別なものがあるようにも見えた。

 フレッドもまた、いまはハリーに会えていない。連絡を取り合うこともできていない。この事実にほっとしている自分がいた。

 なぜほっとしてしまうのだろう。

 フレッドとハリーが結ばれることを願っていたはずだ。二人が会えずにいることを嘆くべきなのに、いまでは反対のことを願ってしまっている。

 自問自答を繰り返していたが、ジョージの問いは唐突に打ち切られた。

「――油断大敵!」

 顔を上げると、ムーディが部屋にいる全員を見渡していた。一人だけ別のことを考えていたことを見透かしてか、魔法の目がぎょろりとジョージに向いている。

 ジョージとフレッドがいま立っているのはWWWの店内ではない。ジョージたちの実家である「隠れ穴」だ。

 だが、ウィーズリー家の息子としてここにいるのではない。「不死鳥の騎士団」の一人として立っていた。

 本部としてこれまで使っていたグリンモールドプレイスはスネイプに知られてしまっている。

 これまでのようにあそこでメンバーが集まることはできなくなった。いまはみなが、それぞれの場所で潜んでいる。そのため、代表としてムーディが「隠れ穴」に訪れ、ウィーズリー家に作戦を伝えにきたのだ。

 グリンモールドプレイスではあれほど、騎士団の作戦を盗み聞きするのに苦労したのに、いまではメンバーとして堂々と話を聞いている。それも、実家の一室でだ。

 話を聞く面々の中にはロンやジニーもいる。不思議な心地がした。

「――以上が今回の作戦だ。これには、ビル・ウィーズリーとフラー・デラクールにも参加してもらう」

 複数人でハリーに「変身」し、敵を欺きながら「隠れ穴」を目指す、というものだった。

 ジョージたちは名を呼ばれていない。作戦メンバーの中には入れられていなかった。

 だが。

 ジョージはちらりとフレッドを見た。フレッドはムーディを真っ直ぐ見ている。間もなく、フレッドは口元を綻ばせた。

「俺もやるよ」

 フレッドが声を上げた。

 やはり、とジョージは隣でフレッドの声を聞いていた。フレッドの立候補に、烈火の如き怒りを見せたのは母だった。

「いけません! ビルが参加するのにも反対したいのに、フレッドまで! 他にも大人はいます。貴方まで行く必要はありません」

 フレッドは肩を竦めただけで母の怒りを受け流してしまう。

「空の上でハリー守るのはビーターの務めさ」

「これはクィディッチではありません!」ぴしゃりと言ってのけたあと、母は声を震わせた。

「今までと違うの……死んでしまうかもしれないのよ」

 母親の悲痛な声に対して、フレッドの声はあっけらかんとしていた。

「そうだよ、ママ。けど、そんなのはみんな一緒だ。誰が死ぬかわからない。誰か死ぬかもしれないし、誰も死なないかもしれない。たしかのは、俺たちがこれをやらなきゃハリーは間違いなく殺されちまうってことだけさ。そうならないために守りに行くんだよ。大丈夫、俺も殺されるつもりはないから」

 いつもと同じような軽い調子で、しかしはっきりとフレッドは言った。

 フレッドの横顔を見ていたジョージにも、フレッドの意志の強さが伝わってきた。

 フレッドは、この作戦から下りるつもりがない。

 それに――そうだ。

 フレッドの言った通り、この作戦を決行しなければハリーはすぐに殺されてしまうだろう。「例のあの人」と対峙したハリーが生きていられる保障はない。

 また母の言う通り、この作戦に参加した者が全員無事に「隠れ穴」に辿り着けるかどうかもわからない。

 敵を攪乱するためとはいえ、敵に追われるのはほとんど間違いないのだ。

 もしかしたら、ハリーとフレッドが同時にいなくなってしまうかもしれない。

 この作戦に参加しない自分は、最悪なその報せを、あたたかな火がともる暖炉の前で聞かなくてはならなくなる。

 そんなのは御免だ。

「俺もやる」

「ジョージ!」

「この作戦なら参加人数が多ければ多いほど向こうは混乱する。俺が入ればその分、フレッドもハリーも、ついでにビルも安全になっていくってわけだ」

 ジョージはビルにウィンクをした。

 ビルは弟の茶目っ気に苦笑したが、猛反対する母の説得に協力してくれた。自分の子どもが4人も危険な目に遭うことに取り乱した母は、父とビルが抑え、ムーディが一喝したことで治まった。

 作戦の細かい取り決めが終わった後、フレッドがジョージの肩を叩いた。

「やっと同じ土俵に立つことを決めたのか?」

 皮肉げに笑っていた。

 ジョージは肩を竦め、息を吐くようにして笑って応えた。

「俺はフレッドとハリーを守るよ」

「まだそんなこと言ってるのか」

 フレッドは顔をしかめ、さらに何かを続けようとしたがムーディの大声によって遮られた。

「作戦は理解したな。これからハリーのところへ行く。移動の間も注意を怠るな、油断大敵!」

 七人のハリー・ポッター作戦が始まる。

  * * *

 予想していたことではあったが、作戦を聞いたハリーは拒否をした。

 彼は自らが戦って傷つくことは厭わないのに、自分以外の人が傷つくことを嫌う。だが残念ながらハリーに拒否権はない。問答無用で人数分の髪の毛が抜かれていく。

 ジョージがハリーの髪の毛を抜く番となったとき、ハリーと視線がかち合った。

 ハリーの戸惑っているような、困っているような、不安に揺れた目が、何かを思い出させそうだった。

 ハリーの目を見ていたのは一秒にも満たない時間だ。すぐ目を離し、「変身薬」にハリーの髪を入れた。ヘドロののような「変身薬」がじゅ、と音を立ててハリーの髪を溶かす。

 全員が「変身薬」を飲み干し、自分と同じ姿になったところでハリーは抵抗を諦めたようだった。何とも言えない複雑そうな顔で、自分と同じ容貌になったロンを見ている。

 ジョージは自分のすぐ隣を見た。フレッドもまた、ハリーと全く同じ見た目となっていた。ここに鏡はないが、きっと自分も同じ姿をしているのだろう。そう思うと言わずにはいられない。

「ワォ! 俺たちそっくりだぜ!」

 フレッドと同時に言った。聞いていたハリーが吹き出すのが見える。ジョージはフレッドと顔を見合わせ、ニヤリと笑った。

 フレッドは服を脱ぎながら、ムーディの用意した衣装を取りに向かった。ハリーが普段着ている服と似たようなデザインの服がずらりと並んでいる。ジョージも後に続きながら服を脱ぎ始めた。

 フレッドは上半身を裸にしたところでまじまじと自分――肉体はハリーと同じそれ――を見た。

「ハリーって意外と筋肉がついているんだな」

 つい、ハリー(の肉体を持つフレッド)を見てしまった。服の上からはわからなかったが、華奢な外見に反して、立体感のある大胸筋がある。

 あのオリバーの訓練をハリーも共に受けているのだ。筋肉がついているのは驚くようなことではない。しかしハリーの、日焼けのしていない真っ白な身体を見ることに妙な罪悪感を覚えてしまう。

 ジョージは不自然でない程度の速さで目を逸らし、さっさとシャツを着込んだ。

「……変なことしないでよ」唸るようなハリーの声が聞こえる。

「変なことって?」からかうようなフレッドの声も聞こえた。

 二人の言い合う声が続いた。ムーディの作戦決行の指示が出てからもジョージは二人を振り返ることができなかった。

   * * *

 作戦の実行中、ジョージはルーピンとペアを組んだ。同じくハリーに「変身」したフレッドと、ハリー本人とは別行動をしている。無事に「隠れ穴」に着くまで、二人を見ることはないだろう。

 生まれてから――いや、生まれる前から共に過ごしてきたフレッドと、こんなにも長く離れていたのは初めてかもしれない。

 いつ敵が襲ってくるかわからない緊迫した状況で、ジョージはぼんやりと考えていた。

 この作戦が終わって、ハリーが「例のあの人」と決着をつけて全て終わったら、どうなるのだろう。

 ハリーは「全てが終わったらまた聞きにくる」と言っていた。きっと、その日はすぐそこまで迫っている。

 ジョージは、答えを出さなくてはならない。

 フレッドがハリーを好きで、ハリーもフレッドを憎からず思っているのなら、ジョージがハリーに応えなければ丸く収まるだろうと思っていた。

 しかし自分は本当に、それでいいと思っているのだろうか。

 今更ながらに疑問が頭をもたげてくる。

 ハリーがもしもフレッドと結ばれたら、ハリーがジョージのところへ来ることはなくなる。

 ハリーが自分を想っている事実と気まずさ――それとわずかな温かさを、もう感じることがなくなってしまう。

 ハリーはフレッドだけを見るようになる。

 フレッドばかりに話しかけて、自分が入る余地はなくなるのかもしれない。

 それで、いいのだろうか。

 ジョージの眉間に皺が寄った。幸か不幸か、それ以上思考を深めることはできなかった。

「後ろだ!」

 ルーピンの声に反応し、背後を振り返る。「死喰い人」たちだ。予想よりも早い襲撃だった。

 ジョージは懐から杖を取り出し、「失神呪文」を「死喰い人」に撃ち込む。先頭にいた「死喰い人」に直撃した。そいつの身体はぐらりと傾げ、落下していく。

 いま、ジョージたちはクィディッチの競技で飛ぶよりも高いところにいる。ここから無抵抗で落ちてしまえば命に関わるだろう。

 ジョージは唇を噛み締め、今度は「盾の呪文」を放った。「死喰い人」の放った呪文を間一髪のところで防いでくれる。

 敵の命の心配をしている余裕はない。

 ジョージは知っている呪文の限りを尽くして応戦した。

 ハリーから防衛の術を教わっていたおかげで、何とか渡り合うことができている。

 ジョージが命のやり取りをするのはこれが初めてだ。だがハリーは、こんな戦いをずっと続けている。

 ハリーは一体、何度恐ろしい思いをしてきたのだろう。

 どれほどの覚悟で、前を向いて歩き続けているのだろう。

 ジョージは、ハリーが身を投じてきた戦いの全てを知っているわけではない。大半が、戦いの後に聞いて知ったものだ。ジョージの知らない戦いもたくさんあっただろう。

 ジョージの脳裏に、出会ったばかりの頃のハリーの姿が蘇った。目の前のあどけない少年が、あの有名なハリー・ポッターだと知らなかった頃の記憶だ。

 特急で見かけた少年は、大きな荷物を持て余していた。不安そうにきょろきょろと目を揺らしながら、どうにか荷物を入れようと四苦八苦していた。

 ああ、そうか。

 作戦を聞かされたときのハリーのあの目は、初めて会ったときの彼の目に似ていたのだ。

 不安でたまらないと言うかのように揺らいだ目。

 同時にジョージは、荷物を運ぶ手助けをしたときのことも思い出す。

 ありがとう、と言ってふわりと笑ったハリーの顔はとても――そうだ、あのときから……。

 一つの答えが出そうだった。

 ジョージの耳に聞き慣れない呪文が届く。声は、学生時代に何度も聞いた、ねちっこいものだった。

 一拍遅れて左耳に激痛が走る。

 ジョージの視界が明滅してきた。ルーピンが何かを言っているようだが理解できない。

 ルーピンに腕を抱えられると、身体が強く引っ張られる感覚がした。

 身体を引く力が止まると、明るいところに出たのがわかった。ルーピンがジョージを「隠れ穴」へ移動させてくれたらしい。

 血相を変えたフレッドが飛び込んできた。何やら大事に捉えられてしまっているようだ。心配する必要はないと、冗談を言ってみた。 

 続いて、泣きそうな顔で駆け寄ろうとしてくるハリーが見えた。しかし、ジョージが鷹揚に瞬きしている間にルーピンに連れて行かれてしまう。

 何が起きているのかを把握できるほど、ジョージの頭の回転は早さを取り戻してはいない。ジョージは、フレッドとハリーが無事でいたことに安堵し、目を瞑った。

   * * *

 次に目が覚めたとき、ジョージの頭は幾分すっきりしていた。服はべったりと貼りついている。汗を大量にかいたらしい。あまり覚えていないが、熱が出ていたようだ。

 左耳は手当されたようで、刺すような痛みが引いている。巻かれた包帯の上から左耳を触ってみた。平たい。今まで当たり前に存在していたはずの立体物が消えている。

 本当に吹っ飛んでしまったのか。

 思わず苦笑いをしてしまった。ないことを確かめたはずなのに、左耳がズキズキと痛むような気がしてくる。笑わずにはいられなかった。

 ジョージは身体を起こし、辺りを見渡した。

「隠れ穴」で昔、ジョージとフレッドが使っていた部屋に寝かされたいたようだ。荷物が大量に詰められているため、ジョージたちが暮していたときとは部屋の様相が随分と変わっている。しかし天井や壁紙などは馴染みのあるものだ。

 かけられていたブランケットを横に置き、立ち上がるべく身体の向きを変える。しかし立ち上がるより先に部屋のドアが開いた。フレッドが入ってきた。

「目が覚めたのか」

 ベッドから身を起こしているジョージを見たフレッドは、大きく息を吐いた。ほっとした顔を見せられてしまい、嬉しさよりもむず痒さを感じてしまう。肩を竦めて誤魔化した。

「俺が寝てからどれくらい経った?」

「二時間くらい。調子はどうだ?」

「最高だね」

「そりゃ良かった」

 軽口を叩き合う気力はある。フレッドはどっかりとジョージの隣に腰を落とした。

「ハリーはいま、どうしてる?」

「元気だよ。ビルとフラーの結婚式の準備に駆り出されてる」

 最後に見た光景は警戒心を露わにしたルーピンに連れ去られて行く姿だった。何があったのかはまだ正確に把握できていないが、ひとまずは解決したらしい。

 安堵の息を吐き、ジョージは逡巡してから徐に口を開いた。

「俺――ハリーのことが好きだ」

 自分で言っておきながら、あまりにも今更なことを言っているような気がした。

 だがフレッドは笑うことなく、真剣な口調で聞き返してくる。

「いつから?」

「たぶん、初めから」

 三年生のとき、ハリーのトランクを持ち上げた。不安そうにしていた少年が、ふわりと笑った。

 四年生のとき、車で彼を迎えにいった。牢獄のような部屋の鍵を開けて、ハリーを車に迎え入れた。

 五年生のとき、吸魂鬼の乱入のせいでハッフルパフに大敗した。ハリーは医務室のベッドで小さく丸まって、悔しさに打ちひしがれていた。

 六年生のとき、ハリーは人の死に触れてしまった。計り知れないほどの絶望を味わったはずなのに、ジョージたちに賞金を押しつけてくれた。

 七年生のとき、ジョージが好きだと友達に相談していた。

 去年、ジョージにキスをしてきた。

 ずっと前から、ハリーはジョージの心の中にいた。やっと、理解した。

 フレッドは大きく身体を反らせ、そのままベッドに倒れ込んだ。加減もなく倒れられたので腹が痛い。フレッドはニヤリと笑ってジョージを見上げた。

「遅かったな」

 返す言葉もない。フレッドは呆れた口調で続けた。

「ジョージが遅いせいで俺は二回もハリーに振られることになったんだぞ」

「二回?」

「二回。ハリーが店に来たときに一回と、ここに来てからももう一回。ジョージが到着する前に、正式にお断りされたよ」

「どうして……」

「それをおまえが言うのか? ほら、さっさとハリーに言ってこいよ」

 フレッドはわざわざ身体を起こしてから反動をつけて、再びベッドに倒れ込んだ。衝撃でジョージの喉からくぐもった音が出てくる。さすがに痛い。だがジョージは苦情を言うこともなく、苦笑いをして立ち上がった。

   * * *

 ハリーとロンとハーマイオニーの三人は、揃って結婚式の飾り付けをしていた。ハリーとロンはこちらに背を向けて、正面にいるハーマイオニーと何かを話し込んでいる。

 内容は聞き取れないが、真剣な様子は伝わってきた。「例のあの人」と戦うために必要なことを話しているのだろう。

 割り込むのは気が引けたが、いま話しに行かなければ、またいつ話す機会があるのかわからない。そんな機会など、永遠に失われてしまうかもしれない状況なのだ。

 躊躇いながらも、ジョージは三人に向かって歩を進めた。

 ジョージに最初に気づいたのはハーマイオニーだった。続いて、ハリーとロンもまたジョージに気がついた。初めに声を上げたのはロンだった。

「ジョージ! 良かった、目が覚めたんだね。このまま目が覚めなかったらって僕、心配で……ん? ハーマイオニー、どうかした?」

「ちょっと、行くわよ、ロン」

「何? 僕、まだジョージと話してるんだけど」

「いいから」

 ロンは首を傾げながらも、部屋を去るハーマイオニーについて行った。ハーマイオニーはちらちらとジョージとハリーを振り返りながらも何も言わずに出て行く。

 ハリーに話すと決めたものの、どう切り出すかまだ決めていなかった。ジョージは本人を前に視線を泳がせてしまう。

 意味を持たない「あー」という音は出てくるのだが、肝心の言葉が出てこない。先に意味を持つ言葉を発したのはハリーだった。

「ジョージ……その、具合はどう?」

「問題ないよ。顔の横がちょっと平たくなっただけさ」

 できるだけ明るく言ったつもりだったが「そう……」と答えたハリーの声は暗く沈んでいた。彼が背負ってしまった罪悪感を軽減することはできなかったらしい。

「ところで、フレッドに断りを入れたんだって? どうして?」

 ハリーが、きっ、とジョージを強く睨み上げてくる。

 ジョージは、ハリーの意識を左耳から話すことに成功したようだ。代償としてハリーの怒りを買ってしまったが、ハリーがやり場のない罪の意識で自分を責め続けるよりずっといい。

 ハリーは眼光鋭くジョージを見てくる。

「ジョージがそれを言うの? 僕の気持ちをずっと前から知っているジョージが。大体、ジョージはどうしていつも僕にフレッドを勧めるようなことを言うんだ。僕が好きなのはジョージで――」

 ここまで聞いたところで、ジョージはハリーを引き寄せた。目を見開いて驚きを露わにするハリーを無視し、ジョージは自らの口をハリーのそれと重ねる。

 ぶつかるほどの勢いはなく、情熱を注ぐほどの深さもない。触れるだけのキスだ。触れていたのは、ハリーが瞬きをした間だけだった。

「ハリー、いままでごめん。君の気持ちを蔑ろにして。謝って許されることじゃないって思ってる。でも、やっとわかったんだ。俺は――俺も、君のことが好きだ。愛してる」

 ハリーは口をぱくぱくと開閉させた。見る間に頬が赤く染まっていく。しばらくして、「それって、本当?」と疑うような口調で質問が絞り出された。

「本当だよ」ジョージがきっぱりと言うと。

「本当に?」と再度確認してくる。

 ジョージはもう一度ゆっくりと言った。

「本当。ハリーを愛してる。もう、ずっと前から。気づくのが遅くなっちまったけど」

 ジョージはそっとハリーの身体を引き寄せた。前よりもさらにたくましくなっている。いま、ハリーを庇ったとしても、あのときのように腕の中にすっぽりと収めることはできないだろう。

 腕の中で、ハリーは責めるようにジョージの胸を叩いた。遅いよ、と訴える、掠れた声が包帯を巻いた耳に届く。

「……前に、僕が言ったことを覚えてる? 『全部終わったらまた聞きに来る』って」

「覚えてるよ」

「もう、聞いちゃったけど、でも、まだ全部終わってないんだ。だから、待っててくれる? 今度は、全部終わらせた後に迎えにいくから」

 ハリーは、ジョージから少し身体を離して言った。ハリーの目には強い光が宿っている。戦うことを決意したときの、強い目だ。

 ハリーにこんな目をされてしまったら、ジョージの返答は決まっている。

「もちろん。次は逃げない。ちゃんと待ってる」

 ハリーはふわりと笑った。身体つきも顔つきもとても変わったのに、笑顔は一年生のときのままだった。

 ハリーはジョージから離れ、ロンとハーマイオニーたちの去った部屋へと向かった。

 ハリーはまた戦いに行く。今度はジョージの手の届かないところで戦うのかもしれない。そうだとしても、ジョージのやることは決まっている。

 いつかのフレッドが言った通り、ハリーを助けて守って――好きだと言う。それだけだ。

 

第6話 了

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