大戦が終結した。「例のあの人」が始めた戦いを、ハリー・ポッターが終わらせた。
戦いが始まる前後、家族との交流を絶っていたパーシーは久しぶりに「隠れ穴」へ戻った。
社会人として生活してから長いので、いまのパーシーの住まいは別にある。パーシーは気恥ずかしそうにしていたが、母の歓迎には敵わなかった。顔を出すだけ出して早々に帰ろうとしていたもののあっさりと捕まり、そのまま数日間の滞在が決まった。
遅れてきた反抗期のせいで心配させた分、しっかり家族のところにいるべきだとジョージとフレッドの二人で押しつけてきたので当然と言えば当然の結果だ。
「隠れ穴」は祝賀パーティーのような騒ぎだった。
ジョージもフレッドもパーティーへの参加が決まっていたが、準備をロンに任せて二人で抜け出した。夜には戻るつもりだったが、祝いの前に向かうところがあったのだ。
「隠れ穴」を出て、真っ先に向かったのは店だった。
店舗は、七人のポッター作戦の前には閉めている。ベリティにも休みを出した。ここへ来るのも何日ぶりかわからない。
出入り口の前に立つと、フレッドがジョージを見て頷いた。ジョージもまた頷き返す。
フレッドが懐から鍵を出し、鍵穴へ差し込んだ。鍵を回すと、重厚な音と共に解錠される。
久しぶりに入った店内は、驚くほど変わっていなかった。
閉店間際に品切れした「盾の呪文」シリーズの棚も空のままとなっている。
戦いに巻き込まれないよう、できる限りの防護の呪文を施してから出たが多少は荒れてしまっているだろうと覚悟していた。
店内の状態をたしかめていると、外からぽんっと軽い破裂音が聞こえてきた。続いて、錠に金属のものが差し込まれる音がする。回される音もしたが、フレッドが回したときに鳴ったような重い音はしなかった。当然と言えば当然だ。ジョージたちが入った後、鍵はかけ直していないのだから。
ベルの音が鳴り、来訪者が顔を見せる。ベリティだ。
「こんにちは、ミスター・ウィーズリーとミスター・ウィーズリー。今日からいらっしゃるんですね」
先に店に入っていたフレッドとジョージを見て、わずかに目を見開いたような気がしたが、気のせいだったかもしれない。
前から真面目な人だとは思っていたが、ジョージたちが考えていたよりもずっと職務に忠実な人だったようだ。
ベリティは戻ってきた店主二名に対して感慨にふけることもなく、すたすたと歩みを進めて店の裏へ入っていく。
ジョージとフレッドは跳ねるような足取りでベリティを追いかけた。
「留守の間、店をありがとう、ベリティ。君には特別に褒賞を出そう」
「店を開けた後になるけどね。俺たちは働き者の従業員に報いる主だよ」
フレッドとジョージが言うと、ベリティは「ありがとうございます」とだけ返して、奥から羊皮紙の束を取って戻ってきた。
「こちらは現在品切れしている商品のリストです。必要数が記入してありますので製造願います」
ベリティは束をどさりとフレッドの手に置くと、また歩いて棚の奥へと消えてしまった。
フレッドとジョージは顔を見合わせ、声を出して笑い合った。
すぐに店を開けることはできないが、せっかく店員が三人も揃ったのだ。そのまま準備を進めることにした。
フレッドはバックヤードへ、商品の状態と材料の確認をしに行った。ジョージは店内に残り、陳列したままの商品の確認をしている。ベリティは二人の間を無言で往き来して補助に努めてくれた。
ベリティが店の維持に努めてくれたおかげか、初めに見た印象の通り、店はそれほど荒れていなかった。商品の状態もいい。日が経っているため食べ物は処分する必要がありそうだが、口に入れなくていい商品はそのまま販売できそうだ。
適当な空き箱に食品を入れて、回収していく。ジョージは棚に残っていた「カナリア・クリーム」を空き箱へ入れていった。三箱目を箱に入れたとき、ぱんっと何かが割れた音が響いた。外からだ。
ジョージが出入り口へ顔を向けると、乱暴にドアが開かれた。
「ジョージ! どうして僕を待っていてくれなかったの!」
服にも顔にも傷をいっぱいにこしらえた英雄――ハリー・ポッターだ。 ハリーは「例のあの人」との対決でも感情に身を任せるような、短絡的な行いをしなかったと聞いているが、今のハリーは誰がどう見てもはっきりわかるほどに怒りに身を任せている。
憎悪の滲まない怒りに、ジョージは微笑ましさを感じてしまった。
「ちゃんと待っていたよ」
肩を竦めて言うジョージに対し、ハリーは肩を怒らせて近づいてくる。
「でも僕を置いていったじゃないか」
ジョージとフレッドが「隠れ穴」に戻る直前、ハリーは多くの魔法使いたちに捕まってもみくちゃにされていた。あれだけの偉業を成し遂げたのだ。当然の結果だろう。
長くなりそうだと判断したジョージたちはパーシーの身柄だけを確保して、先に「隠れ穴」に戻ってしまった。
ハリーが大勢に褒め称えられて当惑しているところを助けずに去った自覚はある。
先に戻った理由の根には、落ち着いたハリーは絶対にジョージのところに来るという自信があった。思った通り真っ先にここへ来てくれたハリーに、口元がにやけてしまう。
ジョージのほのかな喜びを察してか、ハリーは「僕は真剣に話してるんだ」と、じとりとジョージを睨みつけた。
「でも、本当に待っていたんだぜ」
ジョージは言葉を重ねた。
ハリーは、ジョージに何度も言っていた。
全部終わらせるまで、と。
ジョージはハリーの代わりに戦うことはできない。ハリーのすぐ傍で戦うこともできなかった。
ハリーから少し離れたところで、ささやかな手助けをすることくらいしかできなかったのだ。それでも、ハリーが生きて帰ることを信じて待っていた。
ジョージの言わんとしていたことが伝わったのか、ハリーはぷりぷりとした愛らしい怒りを鎮めた。
「……今まで、はっきりと言ったことがなかったかもしれないんだけど」ハリーは口をもごもごさせながら言った。
「僕が一年生のとき……、初めて特急に乗ったときに、ジョージが僕のトランクを持ち上げるのを手伝ってくれたんだ。覚えてる?」
ジョージは目を見開いた。
ハリーは構わず続ける。
「あのときから――ううん、きっと、それよりずっと前から、ジョージは周りをよく見て、気にかけて、手を貸してくれる、優しい人だったんだ。ジョージと一緒にいる時間が増えれば増えるほど、その優しさがよくわかった。ジョージの優しさは決して、僕だけに向けられたものではなかったけど……でも」
ハリーは深呼吸して、再び口を開いた。
「ジョージ――僕は、君のことが好きなんだ」
言い終えると、おずおずとした様子で手を伸ばしてくる。不安げに伸ばされたハリーの両腕は、ジョージを求めて近づいてきた。
ジョージは笑みを浮かべてハリーの手を引き、正面からハリーの身体を受け止めた。
優しく――力強くハリーを抱き締める。
「周りをよく見てるってハリーは言ってくれたけど、俺は案外、自分のことには鈍かったらしい。俺も、ハリーのことが好きだよ。たぶん、君に出会ったときから」
ハリーがフレッドと結ばれたら自分と会わなくなると――自分といる時間よりもフレッドといる時間の方が長くなるなど、考えてもいなかった。
ハリーは変わらず、ジョージと共にいてくれると驕っていた。そんな驕りに気づかないほどに、ハリーを大切に想っていた。
ハリーはジョージの告白に目を見開いた。しかしすぐにくしゃりと顔を歪ませ、怒っているような、笑っているような、何とも形容し難い表情を浮かべた。
「遅いよ、本当に」
ぼそりとこぼされた言葉が耳に届くと、ジョージはハリーの頬に手を伸ばした。
そっと交わした口づけは、温かさだけを心に残した。
最終話 了