【第1話】無自覚と自覚とその先と

ハリーは大変な人気者だ。「人気」の大半に「例のあの人」が影響していることは間違いない。

ハリー・ポッターの名前しか知らない人々は彼の名を「例のあの人」と合わせて覚えていることだろう。

しかし、とジョージは思う。

ハリーは「例のあの人」と無関係な少年だったとしても、人気者になっていたのではないだろうか。

誰かを守るために立ち向かう勇敢さを持ち、シーカーとしてはクィディッチ大好きコンビであるオリバーとマクゴナガルが認めるほどの腕を持っている。

人に馬鹿にされても卑屈になることなく言い返すところも見ていて楽しい。

「例のあの人」が関係してこなければ今のように、彼と会ったことのない人まで彼の名を知っている、ということはなかっただろうが、彼の周囲の人々の間ではやはり慕われていたことだろう。

そんな彼に、慕うという言葉よりもさらに強い言葉で表した方が良いほどに関心を寄せている人は少なくない。

やや離れたところから彼の周りを少し観察してみるだけでよくわかった。

彼と同学年のスリザリン寮生の一人は明らかに彼を意識しているし、何だったらスリザリンの寮監もやたらと彼に執着しているように見えた。

その中に、ジョージの相棒たるフレッドも混ざっている。

フレッドがハリーを意識している、と感じ始めたのはもう随分前のことだった。

意識と呼べるほどはっきりしたものではなかったかもしれない。やたらとハリーに絡みに行くし、ハリーと話すときは普段よりも楽しそうに笑っている。そのくらいだった。

しかしながらそんな状態が続いていたので、フレッドを最も近くで見ていたジョージは、本人よりも先に彼の気持ちに気づくことができた。

フレッドは決して、初心な少年ではない。それなのに、自分の中の恋心に気づく気配が一向に見られなかったのは興味深かった。

ジョージは本人よりも早く彼の気持ちを知ったが、それを本人に教えるような無粋な真似はしなかった。生まれる前から共にいる間柄でも、心の繊細な部分に茶々を入れるようなことはしたくない。

無自覚ながらハリーを目で追う相棒の姿を見ていた面白かったから、というのも理由の一つではある。

フレッドの様子が明らかに変わったのは三校魔法学校対抗試合のあとだ。

更に具体的に言うならば、ハリーから対抗試合の賞金を受け取った辺りから変わった。

バグマンとの賭けのせいで、ジョージたちの夢である、悪戯グッズ販売店の開店が遠のいてしまうところだった。だからあの年は資金集めに躍起になっていた。その大きな悩みが解消された瞬間、フレッドの視界が晴れたのだろう、とジョージは考えている。

ハリーが立ち去ってからも、フレッドの顔は真っ赤に染まったままだった。

「隠れ穴」に帰ってからも、フレッドは上の空だった。

開店に当たって具体的な計画について打ち合わせているときも、新しい商品も開発しているときも、フレッドは何処か別のことを考えているような顔を見せることが何度もあった。

開店のための資金は無事に集まっている。ホグワーツで学ぶべきことも学んだ。もうホグワーツへ戻ることなく、そのまま開店してしまってもいいような状態だった。

一つの案として、ホグワーツの退校を提案してみた。だがフレッドは学校へ戻る選択をした。

いつものように軽い口調で返事をされたが、「ホグワーツへ戻らない」ことを選択肢として挙げたとき、フレッドが動揺していたのを見逃さなかった。

フレッドが「ホグワーツへ戻る」と決めた理由の中に、ハリーがいたのかどうかはわからない。しかし、フレッドにとってのハリーに、何か変化があったのはたしかだった。

グリンモールドプレイスに来てから、フレッドの奇妙さは加速していった。

正確には、ハリーがグリンモールドプレイスに来たときくらいだからだ。ハリーを見ているとき頬が大抵赤く染まっている。頬がどうにか白さを維持しているときはでも、耳は真っ赤だった。今年、短く髪を切ったせいか耳の色がよくわかる。

赤毛と同化しているからかどうかはわからないが、ロンやジニーたちがフレッドの赤面に気づいていないらしいのは不思議だった。

それに、フレッドはとうとう、自覚したのかもしれない。

もしも。
もしもフレッドがハリーへの想いを自覚して。
もしもハリーもまたそれに応えたら、自分はどう思うのだろう。

ジョージは母からの言付けにより、フレッドとハリーの二人を探した。

埃にまみれた、歴史ある広い屋敷を掃除するには人手が必要とのことだった。

ジョージは双子とはいえ、フレッドといつでも何処でも一緒にいるわけではない。離れて行動することもある。だが離れていたとしてもフレッドがいそうな場所は何となくわかった。

今回も、初めにフレッドを見つけてから手分けしてハリーを探すつもりだった。

フレッドとしても、公然とハリーを探せる理由があれば嬉しいだろう、という考えもあった。

予想していた通り、ジョージは最初にフレッドを見つけた。予想外だったのはフレッドが一人でなかったことだ。

フレッドはハリーといた。それも、部屋に二人きりで、だ。

ハリーの頬に添えられたフレッドの手と、その場の雰囲気から、ジョージは瞬時に理解した。

邪魔してしまった。

二人きりの空間だったのだ。ジョージが入る隙間もない。一抹の寂しさを覚えつつも、ジョージは素早く行動した。

邪魔してしまった事実は消せないが、再度二人きりにすることはできる。

ジョージは二人のいた部屋を去った。

今年はホグワーツへ戻ることにしたものの、フレッドもジョージも、ハリーと共に過ごせる時間は短い。来年にはもう、確実にホグワーツから去らなければならないのだ。二人が一緒に過ごす時間はなるべく作ってやりたかった。

足早に廊下を歩きながら、ジョージはここ最近の悩みを思い出す。

この短い期間で、フレッドとハリーが想いを交わすようになったらどうするのだろう。

まだそのときではないようだが、ハリーもフレッドのことは好ましく思っているようだ。

そんなハリーがフレッドの想いに応えたなら、二人は恋人同士になる。

ぐ、と眉間に皺が寄るのを感じた。

正体不明の感情が湧いたような気がするが、これが何かわからない。

一体、自分は何を思うのだろう。

「――ジ、ジョージ!」

肩を叩かれ、ジョージの身体がひくりと震えた。振り返ると、ハリーが軽く息を切らせながら立っている。

「何か考えごとでもしてたの? 待てって言ったのに、全然聞こえなったみたい」

ハリーの言葉に、ジョージは目を見開いた。

全く気づかなかった。

周りの音が耳に入らないくらい考えごとに没頭していたとは意外だった。

ジョージはなるべく軽い調子を装いながら肩を竦めて見せた。

「ごめんよ、ハリー。ちょっと新年度のWWWの展開について考えててね。フレッドはどうした? 一緒じゃないのか?」

フレッドの名に反応し、ハリーは目を逸らした。

「あー……、まだ部屋にいると思う。でも、すぐに来るよ、きっと」

ハリーは誤魔化すのが上手くないようだ。彼の感じている気まずさが手に取るようにわかる。

「おばさんのところに早く行こう」

ハリーがジョージの手に惹いて歩き出した。

心なしか、温かい。

よく見ると、耳も赤くなっているようだ。

ハリーのこの赤みが生んだのがフレッドなのだと考えると、複雑な気持ちになった。

 

感想
第1話 了