全てが終わってからも、WWWが開店するまではしばらく間が空いた。それでも一週間を待たずに店を開け、終戦を祝う人々の喜びに拍車をかけたのはさすがだった。
ハリー自身の身辺も大きく変わっていたせいもあり、WWWへ顔を出すまでに幾分かの日が経過していた。店の手伝いに入っているロンから、変わらず元気にやっている、と聞いて、やっと足を踏み入れた。
WWWはやはり賑わっており、人が溢れた店内を歩くのは用意でなかった。まだ世の中が暗かったあのときに訪れたきりだったが、中にいる客は当時よりもずっと輝いているように見えた。もうすぐ陽が落ちる時間帯なのに、客足はまだ衰えない。
何とか奥へと歩を進めるが、商品棚の一角で止まってしまう。
あのときは、ここで――。
ぐっ、と奥歯を噛み締め、脳裏に浮かんでしまった景色を消し去ろうと努める。
逃げるように視界を彷徨わせた。目的の人物が見つからない。
レジにはベリティが縫い付けられている。手伝いを務めるロンは客に呼ばれて右往左往していた。
肝心の店主の姿が見当たらない。
何処にいるのだろう。
見渡していると、切羽詰まった様子で名を呼ぶ声が聞こえてくる。
「ハリー! 来てたの!」
振り返ると、先ほど客に商品説明をしていた親友が見えた。応対が終わったのか、人混みを掻き分けてこちらに寄ってくる。
「やぁ、ロン。忙しそうだね」
「忙しいよ、全く! ジョージの奴、こんなに忙しいのに、裏に備品を取りに行ったまま戻って来ないんだ。全然手が足りないよ」
ロンは眉根を寄せて、レジの奥を指した。ベリティの後ろに見えるドアは閉ざされており、開く気配はない。
ドアを見詰めるも、何も言うことができなかった。ハリーの肩をロンが軽く叩く。
「悪いんだけど、ちょっとジョージを呼んできてくれない? 僕じゃ手に負えないよ」
やれやれと首を振るロンに、ハリーは頷いて応えた。
レジまで進み、ベリティに話を通して、関係者以外立ち入り禁止のドアを開けてもらう。中へ入る間際、振り返った先で見たロンの口が、頼んだ、と動いたような、そんな気がした。
バックヤードは、表の喧噪が嘘のように静かだった。明かりのない廊下を進み、目的の人物を探す。
ハリーがここに入ったのはこれが初めてだ。商店のバックヤード自体、入ったことは一度もない。それなのに、何かが不足しているように思えてならなかった。
外で見たよりもずっと部屋数が多いらしく、ドアがいくつも並んでいる。一つずつノックしては開き、中を覗き込んで探した。
どの部屋にも、彼の姿はなかった。トイレにすらいない。残りはもう、あと一部屋だけだ。廊下の最奥にあったその部屋はドアが開きっぱなしにされていた。
入口から覗き込む。発注書や注文書など、ごちゃごちゃと紙が置かれた机の奥に、彼の背中を見つけた。窓から差し込む光は燃えるような赤毛のみならず、部屋全体を朱に染めている。
彼は身体を窓に向けて、椅子に腰かけていた。ハリーよりも背が高かったはずなのに、椅子に座った彼は酷く小さく見える。
ハリーは目を伏せ、力の限り強く閉じてから、深く息を吸い込んだ。腹に力を入れて、呼ぶ。
「ジョージ」
彼の背中が跳ねた。片耳のシルエットが振り返る。限界まで開かれた両目がこちらを見た。
沈みかけた太陽の明かりを後ろから受ける彼の表情はよく見えない。だが、その唇がFの形を作ったのをハリーは見逃さなかった。
「……っ、ハリー。来てたんだな」
唇がぎこちなく笑みの形を作る。
ハリーは部屋の中に足を踏み入れた。ゆっくりと彼に近づいていく。
「来るなら教えてくれたらよかったのに。君を盛大に迎える準備が間に合わなかった。本当に残、」
「ジョージ」
目の前に辿り着き、再び名前を呼ぶ。吊り上げられた口角と裏腹に、小刻みに震えるその手に自身の手を重ねた。緩やかに治まっていく震えを手の平で確かめてから、鷹揚に手を放す。そのまま、ジョージの背中へ両腕を伸ばした。
身体全体を包み込みにはハリーの腕の長さが少しばかり足りなかったが、構わずに力を籠める。
「ごめん、ハリー」
喉から絞り出された声に、気にしないで、とだけ応えた。
胸の奥に、ひとつの想いがふつりと浮かぶ。
ハリーは自分の中で渦巻くものを無視して、目の前のその人をひたすらに抱き締め続けた。
* * *
僕たちは確かに失った。
だけど、本当に失ってしまったものは、何だったのだろう。
end.