憎らしい

第一印象は格好良い。
それしかなかった。
その印象は変わっていない。

変わるどころかむしろ、時を経るごとに強くなっていくので困っている。

彼を格好良いと思っていたのはハリーだけではなかったらしく、ホグワーツ在学時は多くの女生徒が彼を囲んでいたと聞いた。就職した今はどういう状況なのか知らないが、彼の傍らには常に女性の影があることには変わりがないようだ。親切にも、色んな人達がハリーに噂を教えてくれる。

ビルの話は、人から聞くばかりだ。直接会ったこともあるが、それほど多くはない。彼のことを聞くときは、どうしたって他の人を介している。埋めようもないほどの距離を、否応なしに感じた。

どろどろとした思いが湧き上がる。暗い思いを消し飛ばすようにかぶりを振った。

「しかめ面なんかして何を考えてるんだよ。そんな顔、君には似合わないぜ。まさか、あの堅物に弟子入りするつもりじゃないだろうな?」
「どうせ弟子入りするなら、悪戯仕掛け人に弟子入りする方をおすすめするね。そうしたら君は俺達兄弟を敵に回さないで済むんだから」

階段にぼうと座り込んでいたハリーの肩を、フレッドとジョージが同時に叩いた。

意味もなく『姿現し』と『姿くらまし』を使って移動するのが最近のお気に入りのはずなのに、彼らは音もなく現れた。
あの音に気づかないほど思考に耽っていたのか。あんなに大きな音が聞こえれば、さすがに分かりそうな気もするが――いや、どうでもいいか。

自身に嘆息し、鷹揚に首を動かして二人を見上げた。

「やぁ、フレッドにジョージ。元気?」
「……ジョージ、どうやら思っていたよりも症状が重そうだぞ」

神妙な顔つきで言うフレッドに、同じく神妙な顔つきをしたジョージが首肯した。

「参ったね、悔しいけど俺たちじゃどうにもならないみたいだ」

二人は顔を見合わせた。そして、声を落として話し始める。会話はハリーの耳にも入っていたが、その内容は理解できなかった。

「ジョージは諦めるのか?」
「だがフレッド、俺達は奴と同じ土俵に立っていると言えるのか? 俺達は奴よりもずっと有利な位置にいるんだぜ。それなのにこのザマだ。最早勝負は決しているとも言えるんじゃないか?」
「いやいや、俺達の方がハリーといられる時間は奴より長い。何しろ奴は卒業生で、俺達は在校生。おまけにクィディッチのメンバーでもあるんだ。それだけ挽回のチャンスはあるってことさ」
「そうは言うけど……奴は強敵だぜ。マのつく坊ちゃんとは訳が違う」
「だな。だから俺達は、奴さんをハリーに近づけない。ハリーに会わせない。だろ?」
「そう、だな。ああ、そうだ。ずっと姿を見せないでくれたら、いつか忘れられるさ」

二人の間で、何やら答えが出たらしく、頷き合っていた。
しかし、その詳細をハリーに教えるつもりがないようで、フレッドとジョージもニヤニヤとした笑みしか返してくれなかった。

二人は両側からハリーの腕を取って立たせる。ジョージがハリーの尻を軽く叩いて埃を落としてくれた。フレッドは顎をしゃくって前方を指す。

「ちょっと向こうに行かないか?」
「新作があるんだ、見せてやるよ」

彼らの作ったものを見れば、今の自分の中にある煮え切らない思いもいくらかすっきりするかもしれない。
ハリーは頷き、前へ進もうと足を動かした。だが、後ろからかけられた声がその足を止める。

「へぇ、新作か。今度は何を作ったんだ?」

からかうような調子を滲ませた声がハリーの耳に届いた。

自身の身体が強張るのを感じる。鼓動を早める心臓を抑えようと努めながら、ゆっくりと背後へ振り返った。途中、フレッドの複雑そうな表情が視界に入ったように思えたが、気のせいだったかもしれない。

ハリーの振り返った先には、口調と同じようにからかうような笑みを浮かべていたビルがいた。弧を描いた口元も、腕を組んだその姿も様になっている。ハリーと目が合うと、ちょい、と片眉を吊り上げて見せた。ハリーよりずっと年上のはずのビルの子どものような顔に、どきりと心臓が跳ねたのが分かった。

「さぁ、何だろうなぁ。いつかビルにも見せてやるよ」
「店ができたら買いに来るんだな。値引きはしないぜ」

双子は肩を竦めて、明後日の方向へと歩いて行ってしまう。
彼らの姿がすっかり隠れてしまうと、ビルが近づいてきた。

ビルの精悍な顔を直視することができず、双子の消えた先を見詰める。激しく鳴る心臓の音が迫ってくる彼に聞こえてしまいそうで不安になる。そんな有り得るはずもない心配ごとがハリーの脳内を駆け巡った。
「何の話をしていたんだい」
「ひぇっ!?」

思わず声がひっくり返ってしまった。顔に血が上る。
ビルはくすりと小さな笑みを零した。

「フレッドとジョージと、さ。どんな話をしてたのかな、と思ってね」
「そ、そっか、えっと」

自分の顔が更に赤くなるのが分かった。耳まで熱い。
必死に彼らとの会話を思い出そうとしたが、上手くいかない。

ビルの長い指がハリーへ伸びてきた。指先が頬を通り過ぎ、そしてくしゃくしゃの髪を撫でた。
慈しむような優しい手つきに、胸の内がむずがゆくなってくる。

「ハリー」
「え、な、な、なに?」
「あいつらの店がどんなものになるか、気になるよね。君も行くんだろう?」
「も、もちろん」
「そっか。じゃあ、そのときは声をかけてよ。一緒に行くからさ。あいつらの店に行くついでにお茶でも飲もう」
「え?」
「だから、さ――」

言葉が途中で止められた。ビルの顔が近づいてくる。反射的に身を引いてしまう。

だが、肩を置かれたビルの手がそれを制止した。軽く、ただ載せられているだけなのに、動くことができない。温かい息が耳をくすぐった。

「デートでもしようってこと」

彼の顔を見返す。にぃ、と悪戯げに浮かべられた笑みが、ハリーのよく知る双子のそれを重なった。ビルは、とんとん、とハリーの肩を軽く叩いて歩き始めてしまう。

「ビル!」

ビルの足が止まる。こちらに振り返ると、続きを促すように首が傾げられた。

「一緒に――一緒に、行こうね!」

ビルは柔らかく笑み。

「あぁ、もちろん」

右手をひらりと振って去ってしまった。

ビルに会ったのは久しぶりだ。会話をしたのも久しぶりだった。その久しぶりの会話だったのに、まともに言葉を交わしていない。それなのに、心臓はずっと五月蠅いままだった。今、鏡を見たらそこに映る顔がウィーズリーの赤毛より鮮やかな色をしている自信がある。

誰よりも強く、自分の心を惹きつけてしまうビルという男が、憎らしくて堪らない。

end.

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