近頃の自分は、傍から見ても様子がおかしいと分かるだろう、とは承知していた。ある日が近づくにつれて失われていく落ち着きを自覚している。ハーマイオニーにも心配された。ロンに気遣われるほどだとは思ってもみなかったが。いよいよ自身の異常さを感じてしまう。悲しいことに、焦りばかりが募るのに何も進展がないままに当日を迎えてしまった。
今日はフレッドとジョージの誕生日だ。
サプライズをしたい、とまでは言わないが彼らを喜ばすことができるものを贈りたい。この裏にある感情が、いつも何かと助けてくれる二人への感謝だけではないことは理解している。だからこそ下手なものは贈れないと頭を悩ませていた。
あの悪戯が好きで、冗談の好きな彼らに何を贈れるのだろう。あの二人の心を満たせるだけのものが何一つ浮かばない。ひたすら考えているうちに当日を迎えてしまった。一向に答えを見つけられない。誰もいない談話室で、ハリーは頭を抱えてソファに座り込んでいた。
幸い、夜が明けたばかりのため、件の双子に会うまではまだ時間がある。エイプリルフールの今日に何かをやるつもりらしく、昨夜は遅くまで起きていたようだ。
「エイプリルフール……」
そうだ、エイプリルフールだ。彼らは四月一日に生まれたのだ。それならば自分がそこに便乗しても構わないだろう。昼が来る前に言ってしまえば、自分のそれも冗談にしてしまえる。
決まった途端に、急に眠気が襲ってきた。もう一眠りしよう。
欠伸をしながら階段へ足を向けると、誰かが降りてきた。
「あれ? ハリー?」
「おはよう、早いね」
流れるように紡がれる二つの声に、ひゅ、と息を飲む。決めたはいいが、心の準備はまだできていない。
「や、やあ、フレッドにジョージ。まだ寝てるかと思った」
ハリーの言葉にフレッドが応えた。
「まあ、寝ててもよかったんだけどな」
「今日はお楽しみなことがあって、ね」
意味ありげに顔を見合わせて二人が笑う。そんな双子の様子に、ハリーは首を傾げた。
「お楽しみって?」
「それはもちろん決まってる。俺たちへの誕生日プレゼントさ!」
「愛しのハリーがくれるっていうから、楽しみで仕方なくてね!」
今にも踊り出しそうな勢いで両腕を広げた二人に、ハリーの頬が引き攣ってしまう。
「な、なんで僕が君たちに贈るって知ってるの!?」
双子は揃って動きを止め、ハリーを見つめる。
「そりゃないぜ、ハリー。知らずにいろって言う方が無理な話だ」
「ここ数日の君の様子を見ていたら、どんなに鈍い奴でも分かる」
そうだった、あのロンでさえハリーの異常に気づいたのだ。勘のいい二人に気づかれずに済むはずもなかった。額を抑えて顔を逸らすも、既に手遅れだった。フレッドとジョージはあっという間にハリーの目の前に距離を詰めてくる。ロンよりは低いとはいえ、彼らの身長はハリーよりも高い。その壁に囲まれて、逃げる術はなかった。
「それで、だ。俺たちはプレゼントをもらえるんだよな?」
からかうような調子を滲ませて、フレッドがハリーの顔を覗き込んだ。
こうなれば言ったもの勝ちだ。何しろ今はまだ午前中。エイプリルフールなのだから。
「もちろんだよ。プレゼントは僕、なんてね」
双子からわずかに身を引いて隙間を空け、目一杯に両腕を広げて見せる。こいつは面白い冗談だぜ、とでも言ってくれることを期待していたのだが、二人は停止したまま動かなかった。
こんな台詞を吐いたのに反応をもらえないのはきつい。次第に自分の頬に熱が集まってきた。
「あの、二人とも、何か言って欲しいんだけど」
ハリーが声を掛けると、二人は互いの顔を見合わせた。
「どう思う、相棒」
「予想外だったな」
たったそれだけの言葉を交わしただけで何かを通じ合ったらしく、二人は同時に大きく頷いた。先に動いたのはフレッドだった。いつもより幾分か愉快そうな笑みを浮かべてハリーに近づいてくる。
「せっかく用意してくれたプレゼントだもんな」
ジョージが大仰な動きで首を上下に動かして続いた。
「ああ、ありがたく受け取らない方が失礼だな」
じりじりと距離を詰めてくる二人に対し、ハリーの身体は後退していく。
何か反応して欲しいとは思ったが、思っていた反応と違う。
「あ、あのさ、今日が何の日か知ってるよね?」
「もちろん! 俺たちの誕生日さ。祝ってくれて嬉しいよ」
「うん、そうなんだけど、いや、そうじゃなくて、今、何時だか知ってる?」
「ついさっき日が出たばかりだな。朝早くからありがとう」
そうなのだが、そうではない。何と言えばいいのか、と考えあぐねているうちに、ハリーの背に固い感触があった。いつの間にか壁際に追い詰められていた。
す、と二本の長い腕がハリーの顔の脇を通り過ぎる。
「最高のプレゼントを用意してくれたんだ」
「美味しく頂かれる覚悟はできてるよな?」
二人に伝われば、という想いは確かにあった。あったのだが、こんなことになるとは、全く思ってもみなかった。
悪戯が好きで冗談が好きな双子だからといって、自分の中の真意は冗談で誤魔化してはいけないことを身をもって知ることになった出来事だった。
end.