身長差

成長期となり、ハリーの身長は伸びた。ホグワーツに入学したばかりの頃とは比較にならないほどに伸びている。一年生のときにはやや高過ぎるように感じた大広間のテーブルも、今ではちょうどいいと胸を張っていえるようになった。

確かに成長しているはずなのに、自身の伸びをいまいち実感しづらいのは、いつも隣にいるウィーズリー家の親友のせいだろう。

出会ったときも高いとは思っていたが、ここまでの身長差はなかった。自分の身体がわずかばかりに背を伸ばしている間に、その三倍もの背を伸ばしてきたかのような勢いだ。彼の家族には高身長の人が多いが、自分の最も近くにいるロンまでそれを見習わなくてもいいだろう。座っているときはまだいいが、立ったときの差は酷いものだ。

己の思考が理不尽なものであると重々承知していたが、ロンを見る度にそんなことを考えずにはいられなかった。

自分を見詰めたまま何も言おうとしないハリーに、居心地の悪そうな顔でロンが口を開いた。

「何だよ、僕の顔に何かついてる?」
「いや、ついてないよ。どうしかした?」
「どうかした? どうかしただって? 君、ずっと僕のことを見てたんだぜ! 気付いてなかったって言うのかよ!」

叫ぶような声にわずかに怯む。そんなハリーの様子に、ばつの悪そうな表情を浮かべて、ロンは後頭部を掻いた。

「君のおかげで、他の奴等の視線が痛くて仕方ないんだ。勘弁してくれよ」

言われて初めて周囲を見渡してみた。だが、誰とも視線が合わない。マルフォイがやたらと水をがぶ飲みしていることと、スネイプが忌々しげに皿の上の料理を切り刻んでいることが気になったが、ロンが言うほどには注目されていなかったようだ。

ロンに向き直り、ごめん、と謝罪を述べた後、言い訳じみた言葉を続けた。

「悪気はなかったんだ。ただ――」
「ただ?」
「背が高いよなぁと思って。羨ましいよ」

男として、女の子との身長差が少ないというのは、情けない話だ。多くは望まない。望まないが、できたらもう少しだけ伸びて欲しい。ロンまでとはいわなくとも、あと少しだけでいいから高くなりたい。いや、できることならロンと並ぶほどの高さは欲しい。

「何だい? ハリーは背の高い男がお好みなのか?」
「我らがロニー坊や弟を好きっていう訳でなくて?」

よく似た二つの顔が両隣に現れた。つい先ほどまで、ロンから少し離れた席で食事をしていたはずなのに、いつの間にかこちらに回ってきていたらしい。

「長身の男をお求めなら俺たちがおすすめだよ」
「背は高いし、君を退屈にさせない自信もある」
「おまけに二人もいるし」
「今ならセットで割引だ」

フレッドはハリーの肩を抱くと、強制的に立たせた。見上げるほどの背丈の二人は、ロンよりも更に背が高い。

二人の行いは、ハリーの心に巣食う劣等感をちくちくと刺激した。

「背の高い人が欲しいんじゃなくて、僕自身が背を伸ばしたいんだよ」
「身長なんて気にするな。ハリーが俺たちより高くてなったとしても、俺たちはハリーのことが好きだぜ」
「今よりもっと背が低かったとしても、ハリーに惚れたとは思うけどな。おっと、これは禁句だったかな」
「だから、低いままでいるよりは高くなりたいんだって――え? フレッドもジョージも、今、何ていったの?」

ハリーの問いに、ジョージはわざとらしいほどに大げさな動きで口を覆った。そんなジョージの脇腹を、フレッドがやはり大げさな動きで小突く。

「おい、相棒。今より低くても、なんていったら悪いだろ」
「そうだな、相棒。ハリー、悪かったよ。つい口が滑って」
「それもそうなんだけど、いや、そうじゃなくて」
「じゃあ、セット割りが気に入らなかったかな」
「いやいや、おまけで二人も勧めたことかもよ」
「そうじゃなくって!」

全く取り合おうとしない二人に腹立たしさを感じてきた。話が進まない。

「もしかして、とは思うが、君を好きだと言ったことかい?」
「まさか! どんなハリーでも好きだって話をしただけだろ」
「そのまさかだよ! そのことだよ、僕がいいたいのは」
「ジョージ、俺はそんなにおかしいことをいったかな」
「いいや、フレッド。当たり前の事実を述べただけさ」

二人は不似合いなほどに大真面目な顔で頷き合っている。

そんな双子を見ているうちに、言葉尻を捉えて右往左往している自分が愚かに思えてきた。しかし、ここまできたら一応確認はしなくてはならない。

ハリーは嘆息気味に訊ねた。

「身長のことは置いておいて、僕が好きだってことも当たり前の事実だって言うの?」

先と同じように冗談めかした調子で返答がくると期待していた。しかし、予想に反し、フレッドとジョージは顔から笑みを消した。無駄に大真面目に繕われていた先ほどの表情とは違う、真摯と呼ぶにふさわしい目でハリーを見詰めてくる。

「当たり前の事実だ、ハリー」
「君が好きなんだよ、ハリー」

二人はするり、と位置を変えた。

フレッドはハリーの前に、ジョージは後ろに回る。
フレッドの手がハリーの頬に伸びた。緩やかに持ち上げられ、視線がフレッドに固定される。

「ほら、この身長差、どう? 下から見上げる顔もいいものじゃない?」

「まぁ、身長差なんて、なくてもいいんだけどね。君といられるのなら」

近い。

息がかかる。
自身の顔が赤く染まっていくのを感じた。

耐え切れずに目を瞑ると、二人の身体が離れる気配がした。
瞼を開けた瞬間に、頬に何かが触れる。

「じゃあ」
「またな」

右耳にフレッドが、左耳にジョージが囁く。
双子は周囲を見渡し、マルフォイとスネイプにウィンクをしてその場から立ち去った。

残されたハリーは熱の集まった両頬を手で抑える。途端に身体から力が抜け、へなへなとその場にしゃがみ込んでしまった。

キス、された。

あの双子が相手ならば、自分の身長は低いままでもいいかもしれない。
そんなことを考えてしまうハリーだった。

end.

Wavebox