夢見る少年の夢を潰すのが俺たちの仕事

双子とハリーの共通点は少ない。同じグリフィンドールの寮生であることと、同じクィディッチチームのメンバーであることくらいだ。

 ハリーに公然と話しかけられる理由を作れるのなら、キャプテンによる鬼のようなしごきも悪くない。

 忍びの地図を使ってみると、ハリー・ポッターの名が自分たちのすぐ近くにあることが分かった。いつもと同じく、二人の末弟とグリフィンドールの才女の名前も隣にある。この廊下の角を曲がったところにいるようだ。その遥か先にあるドラコ・マルフォイの名も気になるが、ハリーに近づいてくる気配はない。

 相棒の顔を見て、こくりと頷きあった。角を曲がり、二人で同時にハリーの方を叩く。
「やぁハリー。いいところに」
「オリバーを見かけたかい?」

 もちろん、オリバーの居場所は確認済みだ。今はマクゴナガルと共に変身術の教室にいる。グリフィンドールのクィディッチの今後について話し合っているのだろう。いつものことだ。

 そんなことは知らないハリーは、二人に疑問を抱くことなく、素直にかぶりを振って応えた。

「ううん、見てないよ。どうしたの?」
「ビーターの個人指導だとさ。これからの我らがチームの行く末を憂いておられるんだ。本当、あいつの熱血っぷりには脱帽するよ」
「しかし、我ら二人はクィディッチばかりに時間を取られるわけにはいかない。やることがあってね。だからこうして逃げてるんだ」
「そろそろシーカー強化訓練も始まるだろうな」
「覚悟しておけよ。今のキャプテンは鬼だから」
「でも、僕のホウキは折れちゃったんだよ」
「何でもいいからとにかく買えって説教されるのさ」
「でなけりゃ脅迫されるかもし――れ、な……え?」
「それは困ったなぁ。僕だって欲しいけど、いいホウキは高いから」
「確かにそうだけど……あー、ハリーさん?」
「――――? どうしたの、フレッド」
「どうしたのってハリーこそどうしたのさ?」
「何? 何の話?」
「それ、その紙の鳥だよ。今、飛んできただろ」
「そして君は、会話しながら自然に握り潰して」
「更には自然に千切って」
「見るも無残な姿にした」
「ああ、これ?」

 足元に落ちた紙屑をつま先で指し、ハリーは嘲笑に似た笑みを浮かべた。

「最近よく飛んでくるんだよね。困るよ、本当に」

 フレッドが屈んで紙屑を集め、切れ端をジョージに見せた。細切れになってはいるが、エンボス加工のこの商標には見覚えがある。記憶が確かなら、メッセージを書くと自動で動物の形に折られ、相手の元に向かっていく手紙だ。
 黒いインクで何かが書かれていたようだが、哀れな残骸からは読み取ることができない。

これ以上ないほどに切り刻まれた紙片から、言い表しようのない憎しみを感じる。

「一応訊いておくが、送り主は?」
「誰からきたのか知ってるのか?」
「もちろん知っているよ。だから中身を見る気が起きないんだ。どうせ下らないことしか書かれていないんだから」

 忌々し気なハリーの表情と、つい先ほどまでこの廊下の先にいた人物の名前を合わせると、悩むまでもなく簡単に送り主の正体は弾き出せた。

「なぁるほど、大体分かったな」
「それ、もらっても良いかい?」
「いいよ。けどこんなのどうするの? 細かく切っちゃったから、メモ用紙にも使えないよ?」
「構わないさ。メモに使うつもりはないからね」

 フレッドは紙屑を一つ残らず集め、両手で丸め込む。そして、相棒たるジョージに視線を寄越してきた。

「では、やってくれたまえ、ジョージくん」
「任せなさい、フレッドくん。紙よ、直れパピルス・レパロ

 振った杖の先から放たれた光がフレッドの手を包むと、散り散りになっていた紙片が瞬く間に一枚の紙に姿を戻った。

 二人の魔法に反応したのは愛しのハリーでも、愛すべき末弟でもなく、ストレスの溜まりまくった才女だった。
「あなたたち、そんなに魔法が使えるのに、どうして勉強のために使わないのよ!」
「おっとどっこい。残念ながら、今は君の有り難いお話を聞いている余裕はなさそうだ」
「申し訳ないね、ハーマイオニー。俺たちはまだ鬼のウッド氏から逃げてるところでね」
「それに、新しい仕事もできちまった。急がないと不味い」
「安心してくれ、ビーターとしての務めを果たしてくるよ」

 三人にひらりと手を振って背を向ける。後ろから、「ウッドから逃げてるくせに、ビーターとしての務めを果たすって、あいつら何を言ってるんだ?」と弟が呻く声が聞こえたが、何も聞かなかったことにした。

 彼らから離れたところで綺麗に修復された紙を広げ、そこに書かれた文字列を確認する。概ね予想通りだった内容に、呆れを通り越して同情すら感じた。

 思わず吐いた嘆息は、二人の口から同時に漏れる。そして、互いに顔を見合わせ、にんまりと笑う。

「さぁてと、じゃあ」
「やってやりますか」

 ビーターの仕事はただ一つ――チームの選手を守ることだ。

 * * *

 マルフォイはたった一人で、魔法史の教室でうなだれていた。常なら連れ歩いているクラッブもゴイルもここにはいない。大広間で夕飯を食べ続けていたため、そのまま置いて来た。そうでなかったとしても、ここに彼らを連れて来るつもりはなかった。

 マルフォイがここにいるのには、彼なりの理由がある。

 それは、惨敗続きのハリーの呼び出しが関係していた。
何度も手紙を出して呼んでいるのだが、彼はいつも読む前に握り潰している。

 初めに、からかい半分でホウキから落ちるハリーを描いて送ってしまったのが悪かったのかもしれない。紙を開かれたのはあの一度きりで、あれ以降は開いてくれた試しがない。

 絵を描いたのはあの一回だけだ。その後はずっと、文字だけを書いている。

 もしかしたら、後で手紙を開いて読むかもしれない。

 淡い期待を捨て切れず、毎日のように呼び出し先――夕食後の魔法史の教室に足を運んでいた。
 だが、彼が来たことは未だにない。

 もしも本当にハリーが来たなら、絶対に自分の想いを告げよう。
 溢れんばかりのハリーへの愛を本人に伝えるのだ。

 意気込んではいるのに、成功した試しはない。そもそも相手が来ないのだから。
 今日もまた、ハリーが来る気配はない。

 諦めと共に席から立ち上がる、

「おい、マルフォイ」

 が、止まった。

 聞き間違えだろうか。
 いや、これは確かに自分がずっと待ち望んでいた声だ。

「ポッター!」

 振り返ると、

「残念だったな、マルフォイ。ハリーは来ないぞ」
「結構似てただろ、ハリーの声真似。得意なんだ」

 赤毛のグリフィンドール生の、酷くよく似た二つの顔が並んでいた。

 憎たらしいウィーズリー家の顔に、マルフォイは歯ぎしりする。声を聞き間違えたことからの羞恥と、二人に騙されたことへの憤怒で顔が赤く染まっていた。

「何故貴様らがここにいるんだ」
「そう怒るなよ。俺たちはむしろ、感謝して欲しいくらいだね」
「君の愛しのハリー少年が破いた紙を直したのは俺たちだぜ?」
「まぁ、ハリー本人に中身は見せてないけどな」
「見せるつもりもないね、こんなラブレターは」

 片割れが紙を宙に放った。それと同時に、もう片割れが持っていた杖でその紙を燃やしてしまう。

貴様ら……! ふざけるのも大概にしろ。その減らず口をすぐに塞いでやる」
「おっと、マルフォイ気をつけな」
「俺たちを甘く見ない方がいいぜ」

 マルフォイがローブから取り出した杖は、魔法を放つことができなかった。呪文を唱える暇すらなかった。気づいたときにはマルフォイの身体は空中で回転し、床に倒れ込んでいた。

 背中の痛みに耐えながら見上げた視界の中で、二つの同じ顔が自身を見ている姿を視認した。

暴れ球ブラッジャーから守ることだけが俺たちの役目ってわけじゃない」
「シーカーに悪い虫をつけないってのも務めの一つなんだよ」

 これはビーターのって言うよりは俺たちの務めなんだけどね。
 肩を竦め、ジョージが付け加えた。

「君にはもう、ハリーに面白い手紙なんて渡させない」
「愛の告白なんてもっての外だ。しっかり覚えておけ」

 ハリーは俺たちのものだ。

 きっぱりと言い切られた二人の言葉には、有無を言わせぬ響きがあった。

 * * *

 その後、マルフォイがハリーへ手紙を飛ばすことはなくなった。

 代わりに、双子が近づく度に走って逃げ出すマルフォイの姿が見られるようになったので、この一件には双子が関係しているのだろう。マルフォイによる、あの地味な嫌がらせにはハリーも辟易していたので、これについては感謝している。

 感謝しているのだが、

「あのさ、マルフォイの件は助けてくれたのは有り難かったし、嬉しかったんだけどさ。そろそろ離れてくれない?」
「どうしてだい、これもチームメンバーの仕事じゃないか。忘れたか?」
「そうそう。うちの大事なシーカーを守れってね。オリバーの命令だぞ」
「それはそうなんだけどさ」

 ウッドからの指示にかこつけて、ハリーにぴったりとくっついてくるフレッドとジョージに困っていた。ウッドに確認してみても、シーカーを守るには一番いい方法かもしれないなどと言って、太鼓判を押して返してくる始末だ。話にならない。

「まぁまぁ、これも今だけだって、安心しろよ」
「クィディッチの試合が終わるまでの我慢だな」
「それか、オリバーの頭が冷えるまで、かな?」
「違いない。オリバーの命令だからな、これは」

 双子の言葉を受け、確かに一生続くわけではないからいいか、とハリーは頷いた。

 この三人の様子に、ハーマイオニーは呆れたように溜息を吐き、ロンは「あいつら、ウッドの名前をいいように使ってないか?」と言っていたが、ハリーには何の話をしていたのかよく分からなかった。ただ、両隣の顔はにやにやと悪戯めいた笑みを浮かべていたので理解しているのだろう。

 双子がすぐ近くにいれば、マルフォイも近寄ってこない。こんな生活も悪くはないようだ。
 そう思い始めている自分がいた。

end.

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