ホグワーツを出てから開いた店は、順調な滑り出しだった。
開店前後はやるべきことが山積みだった。
店舗の開店場所の確保に商品の量産化、同時に店舗の内装も作り込んで、店舗運営のための備品も買い揃える。
客足が途絶えなかったため、開店後も忙しく過ごしていた。
ジョージとしては有り難いことこの上なかった。店は好調だし、忙しさのあまり余計なことを考える必要もない。
しかし、一日の終わりに、シャワーを浴びる度にふと思い出してしまう。
ホグワーツへと置いてきたあの少年――ハリーは、今なお、壮絶な事件の渦中にいる。
「日刊予言者新聞」や雑誌、来店する魔法省関係者たちが口にする話から、概ねの状況は把握していた。
こちらから気軽にハリーへ連絡をとることも許されない。連絡を取らなくて良い理由があることに安堵している自分がいる。
ジョージは一人、嘆息した。
別れ際にハリーへ残した言葉も、褒められたものではない。
ハリーが、自分を恨んでくれていたらいい。
恋だなんて感情を、自分に向けなくなっていればいい。
勢いよく流れ出るシャワーに打たれながら、ジョージは自分の愚かな願望を飲み込んだ。
シャワーを済ませ、寝室に戻るとフレッドが手紙を読んでいた。何やらニヤニヤと締まりのない笑みを浮かべている。
――ハリーに関係する報せだ。
直感すると共に、温まったばかりの身体が冷えるような思いがした。
フレッドは純粋に、ハリーに会える日を心待ちにしている。
フレッドからしたら、最後にハリーにキスを贈っただけで、ハリーからの気持ちは宙に浮いている状態だ。彼をさらに口説こうにも手紙を送ることもできない。
フレッドはジョージとは違って、ハリーに直接会える日を待ち遠しく思っている。
手紙を読み終えたフレッドが顔を上げた。シャワーから戻って来たジョージに気づき、ニヤリと笑って見せてくる。
「彼がママたちと店に来るとさ」
やはり。
代名詞を使ってぼかしていたが、フレッドがいま、こんな表情で話す対象はハリーしかいない。
「いつ来るって?」
首にかけていたタオルで頭を拭きながら訊ねた。声はいつもの調子を作る。タオルで顔は隠れている。動揺は悟られなかったはずだ。
「正確な日にちは書かれてない。けど、休みの間に来るだろう。――あぁ、楽しみだなぁ!」
フレッドは手紙を持ったまま、ベッドに仰向けに倒れ込んだ。
そうだな、と返した声が、少し沈んでしまった。
気取られなければいいと願っていたのに、フレッドは、なぁ、と声をかけてくる。
「ハリーと何かあった? ホグワーツを出るときもおかしかっただろ」
小さく息を呑んだ。だがこれ以上悟らせるつもりもない。
「いや? アンブリッジのおかげで楽しいことも満足にできなかった時期だぜ? 俺の冗談が落ちちまったから、ハリーを怒らせたみたいだな」
フレッドはジョージの回答をそのまま信じたのではないようだった。しかし、ふーん、と気のない返事をすると、再び興味の矛先を手紙に向けた。
手紙に書かれた文面を読み直し、ニヤニヤとだらしない笑みを浮かべている。
「早く来てくれないかなぁ」
「……あぁ」
フレッドの願いとは裏腹の、まだ来ないでほしいと言う気持ちはしまい込んだ。
* * *
手紙を受け取ってから数日後、ハリーはやってきた。
母とジニーにロン、それに、ハーマイオニーという、いつものメンバーだ。
彼らの来訪に真っ先に気づいたのはフレッドだった。
「ハリー! ようこそ、俺たちの店へ! 来てくれて嬉しいよ」
店の奥にいたはずなのに、跳ねるように走ってハリーの下へと駆けつけた。勢いのまま抱き締め、存在を確かめるように何度も頬擦りをしている。
会わずにいた期間が長かったせいか、以前よりもスキンシップが過剰になっているようだ。
ハリーは困ったような笑みを浮かべながらも、フレッドを拒みはしなかった。
フレッドの背を優しく叩いて、歓迎の意に応えた。
「ありがとう、フレッド。僕も、君たちの店に来られて嬉しいよ」
ハリーの手が、フレッドの背を柔らかく抱き締めた。ハリーの微笑みが温かなものへと変化していく。
ちく、とジョージの胸に何かが刺さる。
鷹揚に開かれた緑の目が、ジョージを捉えた。途端に、ハリーの顔から温度が消えていく。
ジョージは強張る頬を無理やりに動かし、片手をひらりと挙げた。
「やぁ、ハリー」
「……やぁ、ジョージ」
怒気を孕んだ声だった。今までハリーにこんな声で名前を呼ばれたことはなかった。
明るく温かで、熱さすら伴う声で呼ばれることは、もうない。そうしたのは自分だ。惜しむ資格は自分にはない。
「フレッド、俺はロンたちを案内するから、お前はハリーを案内してくれよ」
未だハリーに抱きついたままのフレッドの肩を叩き、ウィンクをして見せた。再び、ハリーの顔を見る勇気はない。
「いいのか?」
目を瞬かせるフレッドに、ジョージは大きく頷いて見せた。
「もちろん!」
「ジョージ、待って!」
「さ、こっちからだ、行こう」
ジョージはさっとジニーの手を引いた。ハリーの呼ぶ声が聞こえたようだったが、店内の騒音に掻き消された耳には届かなかった――ということにした。
フレッドたちとは反対回りに店を案内していく。後ろをついてくるロンは訝し気に首を傾げてていた。
「どうしてハリーは一人だけで案内されるんだよ」
「ハリーはいいの」
ロンを窘めるように言ったハーマイオニーは、フレッドとハリーをちらりと見てから、眉尻を下げてジョージを見詰めた。
ハーマイオニーはあの夜、あの場にいた。たまたま居合わせただけのロンとは違い、ハリーから話をしっかり聞いていたし、ジョージの取った行動の意味も恐らく正確に理解している。
事情を理解した上で、ホグワーツに残したハリーのことをずっと見ていた。彼女が言わんとしていることは聞かなくてもわかる。
ジョージはハーマイオニーから視線を外した。妹の背中に手を添え、ハリーたちがいる場所とは全く違う方向を指す。
「こっちの棚は最高だぜ。間違いなくホグワーツですっごく役に立つ代物だ」
「ずる休みスナックボックス」のところへ案内すると、ハーマイオニーの眉間に皺が寄った。商品の詳しい説明をするとジョージに小言を言ってきたが、つい先ほど言おうとしていただろう内容とは打って変わり、商品の不真面目さについて指摘してくるに留められた。
ジョージは飄々と言いかわしながら、ハーマイオニーの怒りの矛先が変わったことに胸を撫でおろす。
身から出た錆とは言え、ハリーの友人からの小言はあまり聞きたくなかった。
ハーマイオニーやロン、ジニーたちの意識が店内に陳列した様々な商品へと移っていく。
ジョージは彼らに商品の紹介をしつつ、目でハリーたちの姿を探した。
まずフレッドを見つけた。客でごった返した店内でも派手な衣装(スーツ)を着飾ったフレッドは目立つ。
フレッドは「惚れ薬」の棚の前で、ホグワーツの在校生らしき少女と話し込んでいた。派手な衣装は一目で店員とわかる役割を担っている。ハリーを案内している途中で声をかけられたのだろう。だが、肝心のハリーの姿がない。
店中をぐるりと見渡していると、ジョージの服が強く引かれた。
「いらっしゃい! どんな商品をお探しだ……い?」
客の応対の文言を反射的に口にする。しかし振り返った先にいたのは客ではなかった。
いや、客といえば客なのだが、どちらかと言うと招待客であり賓客である人だった。
「ジョージ、話があるんだけど」
緑の目がきつく見上げてくる。
ハリー、と応えたジョージの声はかすれていた。客用に作ったはずの笑顔が引きつるのを感じた。
フレッドの姿を探す。また別の客に応対していた。こちらに気付いていない。
「来て」
ハリーはジョージの服を引いたまま、店の出入り口へ向かおうとした。人のいるところでは話せないことなのだろう。ハリーが睨みつけるほどの強い眼光で話したがっていることは、一つしか思い当たらない。
ジョージは服を引くハリーの手に、自分の手をそっと重ねて止めた。
ハリーはジョージの手を見てから、ジョージの目を見て、より一層目を鋭くさせる。
また逃げるの。
ハリーの目がそう訴えているように見えてならなかった。
ジョージは苦笑まじりに息を漏らしてから、親指で店の奥を指した。
「奥で話そう。ハリーはあまり外に出ない方がいいだろ。話はちゃんと聞くよ」
「……本当に?」
「本当に」
渋々といった調子だったが、ハリーはジョージの服を引っ張るのを止めた。代わりにジョージがハリーの手を引いて歩き出した。
ベリティが淡々と会計を済ませていく脇を通り、店の奥へと入っていく。
ドア一枚を隔てて分けられているここには、商品の在庫を置いている。関係者以外立ち入り禁止としている場所だが、ハリーはこの店の出資者だ。ハリーをここに入れて文句を言う者はこの店にいない。
開店当初は雑然と商品を置いたままだったが、ベリティが少しずつ几帳面に整理してくれたおかげで在庫の管理と補充が随分とやりやすくなった。いまはラベルをつけた棚に商品が置かれている。 ここにあるのは出来立てほやほやの商品と、店舗に並ぶのを今か今かと待ちわびている商品だけだ。客をもてなす茶がなければ腰かける椅子もない。出資者に対して礼を欠いているとは思うが、ハリーもここに長居するつもりはないだろう。
ハリーは唇を引き結んで、ジョージを見上げていた。
ジョージは適当な棚に背中を預け、腕を組んで見せる。
「話って何だい?」
心当たりはあるし、それ以外考えられないのだが自分から言うのは憚られた。
ハリーは重い口を開き、ゆっくりと言葉を発した。
「……どうして、退校することを言ってくれなかったの?」
ハリーが口に出した話題に、ジョージはくいっと片眉を吊り上げた。
意外だ。
てっきり、ハリーの想いにはっきり応えずにここまで逃げたことを責められると思っていたのに。
「どうして?」
「サプライズだったろう?」
繰り返されたハリーの質問に、なるべく軽い調子で答えた。
「そんなサプライズは求めていなかった」
小さな呟きだった。
そうだろうな、とジョージは心の中だけで返事をして、話題を変えた。
「さっき、フレッドとはどんな話をしたんだ? 久しぶりにハリーに会えたから、すごく喜んでただろ。ずっと、ハリーに会える日を楽しみに待ってたんだぜ」
ハリーが目を見開いた。しまった、と思ったが、ジョージの口は止まらない。
「開店の準備があったから忙しくはしてたし、口にも出してはいなかったけど、少しでも時間ができるとハリーのことを考えてたみたいだ。しょっちゅう窓の外も見てたしな」
これ以上は言わない方がいい。自分は口を閉ざすべきだ。
わかっているのに、流れ出る言葉を止められなかった。
「フレッドは本当にハリーのことが好きだよ。フレッドに返事はしたか?」
「君がそれを言うの?」
ずんずんとハリーが歩み寄ってくる。身体を後ろに退けたが、棚がわずかに揺れただけだった。それでも距離を取ろうと身体を横へ滑らせる。だが、伸びてきたハリーの腕が背後の棚へと突き出された。ジョージの逃げ道はあっさりと塞がれてしまう。
正面に顔を向けると、思いの外ハリーの顔が近いところにあって驚いた。エメラルドの輝きを放つ両の目がジョージを捉えている。
速やかに状況を脱し、逃げなければならないとわかっているのに、一瞬、気を取られてしまった。
――やっぱり、綺麗な目だな。
ジョージが目を奪われる。その刹那に、ハリーがジョージのネクタイを力強く引っ張った。
がちん、と唇に何かがぶつかる。
「僕が好きなのは君だ。知っているくせに!」
触れたというより突撃したといった方が近い。
ジョージの目が、正面の緑の目から、赤い唇へと移ってしまう。艶のある、柔らかな唇だ。
今、何が起きた。
脳が沸き立つ。正常にな思考を再開する前に、ハリーの背の向こうから声が聞こえてきた。
「いまのはどういうことなんだ?」
眉間に皺を深く刻んだフレッドが立っていた。
ジョージの頭は冬の井戸水を被ったように一気に冷えていく。
フレッドに気づいたハリーは逡巡するように視線を落としたが、すぐにフレッドに向き直った。
「フレッド、さっきも話したんだけど、僕は君の気持ちに応えられない。僕は――ジョージのことが好きなんだ」
ジョージは慌ててハリーの肩を掴んだ。
「待て、俺だって君の気持ちには応えられない」
フレッドとハリーが同時にジョージを見てくる。フレッドの目には困惑が、ハリーの目には決意が宿っていた。ハリーはジョージを見据えた。
「応えられない? ジョージはそもそも、僕の気持ちを受け取ってすらいないじゃないか。去年だって、僕が君をどうしようもなく好きだって知っていたくせに、何も言わないで出て行った。いまの君が何を言っても、僕は聞けない。ジョージは、僕の気持ちを受け取る覚悟を決めておいて――全てが終わったらまた聞きに来るから。僕は諦めない」
言い終えると、ハリーは小さく息を吐いて踵を返し、店内へ続くドアへと向かっていく。
途中、擦れ違い様にフレッドはハリーへと振り返ったが、ハリーはフレッドを見ることなくドアの向こうへと行ってしまった。
残されたジョージは、フレッドの顔を見ることができなかった。足腰から力が抜け、ずるずると床に滑り落ちてしまう。頭を抱え、うなだれた。
フレッドの足音が近づいてくる。こつこつと硬い床を叩く音が目の前で止まった。
「いまのはどういうことなんだ」
重く、冷え込んだ声だった。
「俺はさっき、店を案内してたときに、ハリーに言われたんだ。フレッド、ごめんって。君の気持ちは嬉しかったって。……好きな人がいるんだ、って」フレッドは続けた。
「ハリーは、相手が誰なのか言わなかった。ちゃんと自分の気持ちを伝えられたら俺にも言うって言ってた。……ジョージは、ハリーの気持ちを知ってたのか?」
どうして、と加えられた言葉は、消え入るように小さかった。
ジョージは、強張った口をやっと開いた。
「――去年、聞いたんだ。ハリーとハーマイオニーが話してるのを。そのときに、ハリーが……」
ジョージの声は震えていた。本当に自分の喉から出ているのかと不安になるほど頼りない声だった。
フレッドの腕が伸びてくる。瞬く間に首元を捻り上げられた。
「知ってたのか! ジョージは俺がハリーに本気だってことも知っていたよな? それなのにどうして俺を応援なんかしたんだ。俺を憐れんだつもりかよ!」
「違う! そんなつもりはない!」
否定の言葉は、ほとんど反射的に出てきた。
フレッドの手の力が緩んだ。
「本当に、フレッドがハリーと結ばれたらいいと思ってたんだ」
この気持ちに偽りはない。本当にそうなれば、ジョージは二人を温かく見守れる。そう思っていた。
「だったらどうして、ハリーの気持ちを知ったときにちゃんと拒まなかったんだ……」
フレッドの声に怒りの色はない。戸惑いの色だけが滲んでいた。
「ハリーは、相手が自分から逃げてるって言ってた。どうして逃げたんだ」
どうしてなのだろう。
ジョージは自らに問うた。
どうしてあのとき、あの場で言わなかったのだろう。それこそ、先ほどハリーがフレッドにしたように、きっぱりと断りを入れたら良かったのだ。はっきりと言った方が余程相手を思い遣っている。
なぜ、すぐにハリーを拒めなかったのだろう。
自分についてきてくれる姿が愛おしくて、こちらを見てくる目が可愛くて。
フレッドがハリーと結ばれたとしても、ジョージは友としてハリーの近くにいられるはずだった。
そのはずなのに、ジョージが答えを出さずにいたのはなぜなのだろう。
ジョージは自問を続けたが、答えは出てこなかった。
フレッドが重く、長い溜息を吐いた。どっかりと乱暴に、ジョージの隣に腰を落としてくる。
「ジョージは俺よりも聡いと思ってたんだが、案外鈍かったんだな」
一人で納得したような調子で言っていた。対するジョージは納得がいかず、顔をしかめてしまう。
フレッドすら気づいていなかった恋心に気づいたのは自分だ。フレッドに鈍いと言われるのは心外である。
フレッドはにんまりと笑った。
「ハリーは諦めないって言ってたな。じゃあ俺も諦めるのは止めだ」
「……何をするつもりだ?」
晴れやかな表情を見せるフレッドを半目で見つめた。
「いつもと同じさ。ハリーを助けて、守って、好きだって言うだけ。ハリーに、あんなに真摯に想う奴がいたって知ったときは、大人しく応援してやろうかと思ってた。けど――相手がジョージで、しかも、そんな顔してる奴だっていうなら話は別だ」
「どういう意味だ?」
「どうもこうもないさ」
フレッドは再び立ち上がり、今度は真正面からジョージの顔を見てきた。
そんな顔とはどんな顔だ。
恐らく、力強く笑ういまのフレッドとは全く違う顔をしているのだろう。それだけはわかった。
「ジョージ、ハリーは何があってもおまえを好きでいてくれるなんて、嘗めたこと考えてるんじゃないか? 恋愛感情抜きでも好きでいてくれるんじゃないかって。そんなに余裕ぶってたら俺が奪っていくからな」
ジョージの眉間に力が入った。フレッドが何の話をしているかわからない。
ジョージの困惑を察してか、フレッドは軽い調子で補足した。
「ジョージも、ハリーのことが好きなんだろ?」
好き?
間違いなくハリーのことには好意を持っているし、好きだと言える。愛していると言ってもいいかもしれない。
だがいまのフレッドは一般的な好意の感情については案しているのではない。それはわかった。
つまりフレッドは、ジョージはハリーのことを恋愛対象として好いている、と言っているのだ。
フレッドがハリーを想うように。
ハリーがジョージを想うように。
ジョージもまた、ハリーを想っているとフレッドは言っている。
「――は?」
再び、脳の稼働が停止した。
フレッドは軽く笑みを浮かべ、ジョージの足下に手を伸ばした。棚から落ちてしまった商品を拾い上げる。
「こいつを取りに来たんだった。そろそろベリテxが探しに来そうだ。先に戻るぜ」
フレッドが取ったのは「特製インク花火」だ。火を着けると、極彩色のインクを吹き出す。グリンモールドプレイスで開発を始め、その後も改良を続けてきたものだ。
まだ花火が不安定だった頃、あの屋敷で暴発した花火が脳裏に蘇った。咄嗟にハリーを抱えて、花火のインクからかばったときの記憶だ。
出会ったときよりも精悍な顔つきになり、身体もたくましくなった彼が、ジョージの腕の中にすっぽりと収まっていた。
ジョージを見上げた目に熱が込められていた。潤んだ緑の目を思い出すと、急速に心臓が騒がしくなってくる。
おもむろにジョージは立ち上がり、店内へと戻った。ハリー達はみな揃って、出入り口付近に立っている。
ロンもジニーも、会計済みの商品を抱えている。ハリーの腕の中には特にたくさんの商品が入っていた。
ハリーからは代金をもらわない。フレッドと事前に話して決めていた。彼がいま抱えているのは、フレッドが用意したおすすめ商品詰め合わせだろう。
ハリーはフレッドと何かを話している。会話は聞こえないが、驚いたり笑ったりと、くるくる変わるハリーの表情はよく見えた。
楽しそうだ。
そう思った途端、小さな痛みが胸に走った。
ジョージの足が、二人を目指してゆっくりと進み出した。しかしすぐに歩みを止めてしまう。
フレッドがハリーを抱き締めた。流れるような動作で頬にキスを贈る。親愛の範囲で行われる、自然な動作だった。
だが、フレッドを受け入れるように優しく微笑んだハリーの姿が、ジョージの心をざわつかせた。
ハリーはジョージの方へと振り返ることなく退店してしまった。ジョージが店内に戻ってきたことさえ気づいていなかっただろう。
ハリーの抱えた商品の中に「特製インク花火」が入っていた姿が目に焼き付いた。
第5話 了