見分けるとかどうとかそれ以前

クィディッチは元から好きなので、前から積極的に練習の見学をさせてもらっていた。親友のハリーがいる他、二人の兄もチームに所属しているためか、キャプテンのウッドも文句は言わない。最近はウッドのしごきが苛烈を極めているというので、からかい半分で観に来た。観に来たはいいが、来て半刻もしないうちに後悔した。

ゴール前からウッドの怒号が響く。

その先にいるのは、電光石火のごとき速さで飛ぶハリーだ。他にも多くの選手たちが飛び交っているのだが、あれはハリーに違いない。どういうわけなのか分からないが、豆粒ほどのサイズのハリーでもそれと見分ける力がロンにはあった。あそこで暴れ球ブラッジャーに追われているのは間違いなくハリーだ。

ハリーに向かって、誰かが飛んで行く。あっという間に暴れ球ブラッジャーを場外へ打ち飛ばしてしまった。恐らく、ビーターであるフレッドかジョージのどちらかだろう。ハリーはフレッド(またはジョージ)に視線だけで礼を言って、また加速した。

しかし、今度は全く別の方向から暴れ球ブラッジャーがきた。しかも二個同時だ。先ほど彼方へ飛んで行った暴れ球とは別に、二個も飛んで来た。練習のために暴れ球ブラッジャーを増やしたらしい。激しく動くそれはまたハリーを狙っている。ハリーはそれから逃れるため、方向を変えて飛んだ。だが、暴れ球ブラッジャーも追ってくる。おまけに先ほどフレッド(あるいはジョージ)が飛ばした暴れ球ブラッジャーまで戻ってきた。同時に三つの暴れ球ブラッジャーがハリーを目標として迫っていた。

「ハリー、危ない!!」

君、暴れ球ブラッジャーに好かれ過ぎやしないか。
そんな言葉も過ぎったが、口を突いて出たのは親友の身を案じるものだった。

ロンの叫び声が届くよりも早く、ビーター(たぶんジョージ。フレッドの可能性もある)が連続で暴れ球ブラッジャーを打ち返した。

再び自由になったハリーはそのまま加速し、何かを掴んだ――スニッチだ。

キャプテンであるウッドから終了の号令がかかった。全選手の動きが止まる。その場に留まったままゆらゆらと揺れていたが、誰もが安堵したような表情をしていた。観ていただけのロンも、ほっと息を吐く。

地上に降り、ミーティングを終えたハリーの下へ駆け寄った。二人の兄はチームの要たるシーカーを守るように両隣に控えている。

「ハリー、お疲れ様。暴れ球も三個も使うなんて、すごい練習だったね」
「ありがとう、ロン。これでもマシな方だよ。この前は五個も使ってた」
「あれは俺たちも対応しきれなかったからな」
「骨折者が大量発生したおかげで数が減った」

肩を竦めたフレッドとジョージが補足した。ビーターの人数を超えた暴れ球ブラッジャーを使うなんて、ウッドの狂気を感じる。

「うぇぇ、そのときに観に来なくて良かったよ。でも、そんな状況でよく無傷だったね、君」

ハリーがボロボロになって帰ってくることは多々あったが、骨折までしたことはなかった。マダム・ポンフリーがあっという間に治してしまったのかもしれないが、それでも骨が折れたとの一報はあるはずだ。

そのときは、とハリーが思い出したように答えた。

「ジョージが僕の近くでずっと守ってくれたんだよ。続けざまに何個も打ち返してくれたおかげで僕は無傷で済んだ。今回はフレッドが連続で打ち返してたけど」
「あれってフレッドだったの?」

今日は練習開始からずっと観ていたが、ビーターが暴れ球を連続して打ったのはあの一回きりだった。

「てっきりジョージかと思った」
「酷いぜ、兄弟。お前が産声あげたばっかりの頃からの知り合いなのに」
「まーだ誰か分からないのか。紹介しようか、こいつはビルって名前だ」

フレッドががっかりしたように言い、ジョージが茶化しながら長兄の名を出した。からかう兄たちにロンは口を尖らせる。

「分かってるよ。でも、遠くでごちゃごちゃと動いてたらどっちがどっちなのやら。ハリーはよく見分けがつくよね、あんな状況で」

フレッドとジョージはそれぞれハリーの近くにいたのだが、あの場にいた全員が激しく動きながら飛んでいた。おまけにハリーは暴れ球から逃げつつスニッチを捜さなければいけない。ロンには、それほどまでに忙しない環境で二人を正確に判別できる自信はなかった。

ロンの言葉に、ハリーは眉を顰める。

「見分けるって? 何を?」
「二人のことをさ」

もう一度、見分ける、と口の中で小さく呟いてから、ハリーはフレッドとジョージを見遣った。二人は揃って肩を竦めている。どちらも似たり寄ったりな表情を浮かべていた。

「見分けるって、どういうこと?」
「どういうことって、どっちがフレッドでどっちがジョージなのか、ちょっと見ただけでよく分かるよねって言ったんだよ」

思えば、普段からハリーは双子をきっちり見分けているような雰囲気がある。家族ですら間違えることがあるのにも関わらず、ロンが見る限り、その正答率はほとんど満点だ。

識別眼は驚嘆に値する。

ハリーは先ほどよりも更に盛大に顔を顰めて、ロンを見つめた。

「見分けるって、よく似たものに対して使う言葉だろ。フレッドはフレッドだし、ジョージはジョージだ。確かに似てるけど、見分ける必要があるほどのものかって言われると、そうでもないんじゃないかな」

双子の兄を持ってもうすぐ十四年になるが、初めて聞いた言葉だ。ハリーの中では、見分けるまでもなくフレッドはフレッドで、ジョージはジョージなのだ。

「悪いけど、シャワーを浴びたいからもう行くね」

ハリーは踵を返して控え室に戻って行った。その後に二人の兄も続く。大口を開けて間抜け面を晒しているロンの肩を両脇から叩いて行った。

「そういうわけだから」
「お前にはやらないぜ」

ニヤニヤとした表情を隠しもしない二つの顔は、どうしようもなく嬉しそうに緩んでいた。

このときの二人の言葉はロンに理解できるとのではなく、実に三年も月日を費やして考えることになった。監督生用の風呂に浸かっていたときに二人に牽制されたのだとやっと気づいたが、時は既に遅く、ライバルとなった二人の兄はホグワーツとハリーから離れていしまっていた。その上、離れていても問題ないほどに強固な絆をハリーと築いた後だった。

 

end.

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