ダンスパーティーの相手がいない。近頃のハリーの頭を悩ませる種の一つだ。
いや、他にも悩むべきことは多々あるのだが、ダンスパーティーの日が近づくにつれて、焦りが増してくる。
焦るハリーとロンの前で、手本とばかりに見事な手腕で、フレッドはアンジェリーナを誘って見せた。自分には、ここまで華麗に誘うことができるとは思えなかった。
何も言わずに相棒の動きを見守っていたジョージを見やる。にやにやとした笑みを浮かべたジョージは、ハリーの視線に気づくと、片眉を吊り上げて見せた。
「ジョージには相手がいるの?」
嘆息気味に訊ねた。答えは想像つく。
相棒がパートナーを見つけたのに少しも動じていないところから考えると、既に相手が決まっているか、フレッドのようにいつでも相手を確保できる自信があるかのどちらかだ。
先ほどの片割れの様子から考えると、後者の可能性が高い。誘う相手に困っていないからのこの余裕なのだろう。
ハリーの質問人も、フレッドのように「いい質問だ」と返してくるに違いない。双子は言動も行動も似通っているのだから、それほど異なることをするとは思えなかった。
ジョージはわずかに腰を折り曲げ、ハリーの顔を覗き込んでくる。常に頭上にある顔が思いのほか近くまで寄ってきたため、思わず身を引いてしまった。そんなハリーに構うことなくジョージはにやりと笑い、
「どう思う?」
と、フレッドとは異なる返しをしてきた。
「当ててみろよ、ハリー」
「そんなこと言っても」
何を当てろというのだ。
当てろというからには、既に決まった相手がいるのだろうか。それとも、そもそも相手がいるかどうかを当てろと言っているのか。
面白がるような笑みからは何も読み取れない。
ちらりとフレッドを見てみるが、やはり相方と似たような表情を浮かべており、その真意は分からない。しかし、ジョージよりも何処か強張っているように見えないこともなかった。
ハリーは逡巡して、口を開く。
「相手、いないの?」
迷った末に出した答えに、ジョージは晴れやかな笑顔で応えた。
「ご明察だよ、ハリー。確かに今はいない、今は、ね」
含みのある言い方だ。フレッドの頬がひくりと痙攣する。
「おい、ジョージ。どうしたんだよ、面白いこと言っちまって」
「そっちこそどうしたんだ。フレッドにはもう相手がいるだろ」
顔を見合わせた両者は共に笑みを浮かべている。よく見ると、笑みの種類が違う。ジョージはいつもと同じからかうような笑みなのだが、フレッドの笑みにはやや苛立ちが混じっている。先ほど感じた違和は思い違いではなかったらしい。
二人の考えが異なるなんてことがあるのか。双子の間で何かが起きているようだ。
「どういうこと? 何があったの?」
状況を確認するため、ジョージに訊ねた。
「大したことじゃないよ。俺のパートナーについて、ちょっとな」
「パートナーって、今はいないって言ってたよね」
「言ったな。今はいないってことは、後になればいるってことだ。――ってことで、ハリー、俺と踊らない?」
「………え?」
思わず声が漏れた。それを掻き消すほどに大きな声が割って入る。
「何を言ってるんだ、ジョージ!」
フレッドの顔からとうとう笑みが消えた。対するジョージは、変わらずにやついた表情でハリーを見詰めている。
片割れが顔をしかめ、もう片割れが笑っている光景など、二人がふざけているときでしか見たことがなかった。
しかし今は、ふざけている雰囲気はない。
「そうだなぁ、踊るならどっちのパートナーがいい? 男役はもうマスター済みかい」
フレッドの剣幕に構わず、ジョージが続けた。
「ハリーがお望みとあらば、俺はホグワーツ一の美女にだって変身して見せるぜ。フラーなんて目じゃないくらいのな。まぁでも、身長のことを考えると――うん」
ジョージはハリーの足の先から頭のてっぺんまで視線を流し、肩を竦める。
ハリーとジョージでは、頭一つ分も身長差があった。周囲の男子たちの背がどんどんと伸びていくなか、あまり変わりばえのしない自身の身長は、これもまたハリーの悩みの種だった。
「身長のことは言わないでよ」
いや、そうじゃない。今、ジョージは何と言った。
誰と踊ると言っていた。
「ジョージ、本気なの? 本気で僕をダンスに誘ってる?」
「あぁ、俺はいつだって本気だよ。生まれてこのかた、嘘を吐いたことだってない」
嘘だ。
冗談しか言わないくせに。
そうなると、この誘い文句も冗談か。
では自分は何と答えるべきか。
冗談に乗るべきだろう。
「僕のパートナーになるなら、君は僕と一緒に皆の前でダンスしなくちゃいけないんだよ」
「いいね、皆に見せ付ける? 会場を惚れ惚れさせるダンスをしようぜ」
「だからちょっと待てよ、ジョージ! ハリー、君もそれでいいのか!」
「うん、まぁ、」
だけど冗談でしょ。
そう続けようとしたが、遮られてしまった。
「だったら、ジョージじゃなくて俺と踊る、ってのはどうだい?」
「はい?」
これに慌てたのはハリーではなく、ジョージだった。肝心のハリーはというと、状況を理解できず、眉間に皺を寄せて首を傾げることしかできない。
「フレッド! ついさっき、アンジェリーナを誘ったばかりだろ」
「ああ、そうだね。で、ハリーはどっちを選ぶんだい?」
ジョージの言葉を適当にあしらい、フレッドは更にハリーへ詰め寄った。
アンジェリーナはここから離れた位置にいる。友人との話に夢中らしく、こちらの会話は聞こえていないようだ。
もしも自分がイエスと答えたら、フレッドはどうするつもりなのだろう。
本気でハリーと踊るならば、アンジェリーナに断りを入れなければならない。
だが、彼女にダンスを申し込んだのもフレッドだ。自分から断るような失礼なことは、さすがのフレッドもしないはずだ。
ジョージにしても、彼が言っているように変身術を使うような真似はできないと承知しているだろう。伝統を重んじるマクゴナガルが、伝統を穢すような行いを許すとは思えない。そもそも男ではダンスの相手として成立しない。
誰か助けて。
双子から逃れるように視線を彷徨わせると、呆れ顔のハーマイオニーと目が合った。
「もう三人で踊っちゃえばいいんじゃない?」
投げやりにもほどがある。
しかし双子はこの提案に満足したらしく、フレッドもジョージも、共に同じ明るい笑みを浮かべていた。
「そりゃあいいね!」
「さすが! 名案だ」
混沌の権化たる双子は満足した。
満足したが、駄目だろう、これは。
助けて、ロン。
親友の目を見るが、二人の兄の顔を見て「信じられない」と呟くばかりで動いてくれそうもない。
口を動かしては顔も動かして、茫然とするロンと意思疎通を図ろうと試みる。何度か繰り返したところでやっとロンが覚醒してくれた。
辺りをきょろきょろと見渡し、この場において最善の選択を取ってくれる。
「ね、ねぇ、パーバティ! ちょっと待って!」
よくやった、ロン。
さすが親友、ありがとう。
* * *
ロンのおかげでパーバティをパートナーとして獲得したハリーは、真っ当な男女ペアでダンスを披露することができた。
ダンスパーティー本番で暇を持て余したハリーに、フレッドとジョージが自分達と踊れとしつこくせがんでいたことは言うまでもない。
end.